内閣府が今年3月末に公表した調査結果によると、15~64歳で外出をほとんどしない「ひきこもり」状態にある人は全国で推計146万人で、40~64歳ではおよそ50人に1人。ひきこもりが長期化して子が中高年になる頃には、親は高齢化して働けなくなっています。この問題は2010年頃から、80代の親と50代の自立できない子が共に社会から孤立・経済的に困窮する、いわゆる「8050問題」として注目されています。
一方で、子どもがひきこもってはおらず経済的に困窮もしていなくとも、互いを緩やかに束縛し合うかのように長期的に同居する親子もいます。中には、お互いに過度に依存し合う「共依存」という問題をはらんでいるケースも。
“毒親”や“親ガチャ”という言葉がブームとなり、歪(いびつ)な親子関係を見直す動きがある昨今。いまだに「昭和的な価値観」に基づいた親の呪縛から抜け出せないという40代女性に取材するとともに、公認心理師の荒谷純子さんへ“親子の共依存”についてお話を聞きました。
「お婿さんをもらうんだよ」母の言葉が頭から離れず
都内在住の由希子さん(仮名・48歳)は保険会社の正社員として働きながら78歳の母親と二人暮らしをしており、実家から出たことは一度もないそうです。
「私が小学校に上がる少し前に父が不慮の事故で亡くなり、それ以来、母と二人暮らしです。母は働きながらも私を愛情深く育ててくれたと思います。今思えば仕事に家事に忙しかっただろうに、母親がイライラした姿などはあまり見ませんでした。
さらに食事は手作りで外食はほとんどなく、母が仕事から帰ってくる前に私が小腹を空かせた時のため、作り置きなどもしてくれていました」
ひとり親かつワーキングマザーでありながら、娘には心身ともに“余裕のなさ”を見せなかった母親。誰にでもできることではありません。でも、ひとつだけ心に重く残ってきた言葉があったといいます。
「食事の時間にテレビで結婚式のシーンが出てきた時や、何か家族のことが話題になった時などに、『うちにはお父さんがいないから、○○ちゃんがお婿(むこ)さんをもらうんだよ』とか、『○○ちゃんは将来、どんなお婿さんを連れてきてくれるかな?』と、大きくなったらお婿さんを迎え入れるものだと、当たり前のように刷り込まれてきました。
なので子どもの頃から、私がこの家に欠けている“男性”を引き入れないといけないんだろうな、と思って育ちました」
親子くらい歳の離れた男性と、恋に落ちたことも
友人にも言えないような悩みも受け止めてくれる母親。進路についても、一番の相談相手は母親でした。
「頭も悪く勉強も嫌いだったので自分には取り柄がないと思ってました。だから高校卒業後は働こうと思ってましたが、母が『手に職をつけた方がいい』と言うので、そうなると医療系かなと。でも看護師にはなれる気がしなかった
ので、医療事務系の専門学校に進みました」
その後、専門学校時代にはほとんど恋愛を経験しなかったという由希子さん。彼女には、親子ほど歳の離れた相手と道ならぬ恋にはまった時期がありました。
「卒業後は医療系メーカーの事務職に就職しました。20代前半に恋した相手は、上司だった50代の既婚者男性。誘われるまま肉体関係を持つようになり、5年ほど関係が続きました。その人は私にとって初めての頼れる男性で、仕事の相談や愚痴も聞いてくれる人でした。お父さんみたいだとも思っていましたが、結局、その方の転勤で別れることになりました」
抜け殻のようになってしまったという由希子さん。その後一度だけ独身男性から誘われましたが、長年聞いてきた母の言葉を思い出すと、踏み出すことができませんでした。
「お母さんのせいで婚期を逃した」と言うと、驚きの返事が
「会社の他部署も含めた飲み会で男性から『今度、二人で食事に行こうよ』と誘われたんです。驚きましたが、その方が長男だという情報をどこかで聞いていた気がしてとっさに断っちゃったんです。小さい頃から母に言われてきた『お婿さんをもらうんだよ』という言葉が頭によぎって、『長男はダメだ!』と。
長男とか一人っ子の男性と何かしらの関係になったとしても、あきらめなければいけなくなりますよね。それに、これ以上男性のことで頭を悩ませるのも嫌だったんです」
30代になった頃、母親の勧めで2回ほどお見合いをしたこともありました。もちろん、二人とも次男以下です。しかし2~3回ほどお食事には行ったものの、いまいちピンと来ないまま自然消滅します。
「その後、私が30代半ばの頃に母が大病を患い、入院や手術などで看病することになり、恋愛や結婚どころではなくなってしまいました。40代になった頃には不思議と周囲の人も『結婚は?』とは聞いてこなくなったので、私も気が楽になり、今に至ります」
由希子さんは、母親と口喧嘩の流れで『お母さんが婿をもらえと言うから私は婚期を逃した』と責めたこともありました。でも母親からはあっさりと『そんなこと言ったかしら?』と返され、愕然(がくぜん)とします。
由希子さんの心の中ではずっと重くのしかかっていた『お婿さんをもらうのよ』という言葉を、母親本人はまるで記憶していなかったのです。
母が亡くなったら、どう生きればいいかわからない
今となっては言い争いになる回数は減り、一番の楽しみは母親と韓国ドラマ『医師チャ・ジョンスク』を観ることだとか。
「母とはたまに些細な言い争いをしながらも、仲良くしています。母の『お金がない』という愚痴に対し、私が『似たような服ばかり買うからでしょう』と注意したり、母が私の仕事の取りとめもない愚痴を聞いて『そんなに嫌なら私が上司の人に連絡して、会社を辞めさせてもらおうか?』と言ったり。そんな毎日です。
でも、たまに母から言われる『いずれ私が先に死ぬんだから、パートナーは探しなさい』という言葉が、また常に心に響いて、面倒だなあと。母が亡くなった後はどう生きたらいいかわからないんです。今はまだ母が元気だから、面倒なことは後回しにしてしまっています」
由希子さんにとって、母親とはどんな存在なのでしょうか?
「母は、私にとっては父でもあるし、姉でもあり友達でもある……そんな存在です」
公認心理師「依存し合っている関係に気づいていない」
一見すると仲むつまじく共存しているように見える、母と娘。ですが何十年も“母親の言葉”に縛られ続けている由希子さんは、令和にいながら昭和の価値観で生きているようにも見えました。家族や結婚のあり方について、古い価値観からの解放が頻繁に叫ばれている今の時代だからこそ、親子のいびつさが浮かび上がる気がします。
公認心理師の荒谷さんは、この関係を「共依存親子」だと指摘します。
「私は“8050問題”に当てはまる親子の事例を数多く見てきました。今回は娘さんが働いていて経済的には自立している点でそれとは違いますが、この親子の場合はお互いに依存し合う関係で成立する“親子の共依存”関係にあると思います」(コメントは荒谷さん、以下「」内同じ)
彼女たちの、主にどんなところに共依存の傾向があるでしょうか。
「たしかにお母さんは早くに夫を亡くし大変だったとは思いますが、幼い頃から娘に『婿をもらえ』と言うことは、そこに、娘の結婚後も自分の面倒を見てもらいたいという想いが見えてきます。仮にこれが老舗(しにせ)の家柄だとか伝統的な家業で男手が必要だとかならまだしも、そういうわけでもない。親の一般的な感覚として、『子どもに迷惑をかけちゃいけない』と思うのであれば、『婿をもらえ』とは言わないでしょう。
ですが娘さんはそういった母親との関係に違和感を覚えることがなく、唯一の家族である母親との暮らしに満足している。共依存親子は、自分たちが依存し合っていることに気がついていないことがポイントです。親子の共依存は、8050問題とはまた違う問題をはらんでいます」
幼い頃からの親の言動のほか、子の性格とも関わりが
由希子さんの場合、母親とどのように関わるのが良好な親子関係と言えるのでしょう。
「まず娘さん自身には、いつか待っていたら白馬に乗った王子様が現れて、全て良い状況に変えてくれると潜在的に思っている節(ふし)を感じます。どういうことかというと、母親に対しても不倫関係にしても、いつも受け身で、自分の人生は自分で切り拓いていくといった自発的な原動力が感じられません。
これはやはり、幼い頃からの母親の積み重なる言動に発端があったとは思いますが、それだけではなく、娘さん自身の受身的な性格や、自信のなさからも来ていると思います」
「自分がどう生きていきたいか」を考えることが大事
「何より『母が亡くなった後はどう生きたらいいかわからない』というのは、自分の人生にいまだ受身的であり、お互いに依存し合っている関係に気づいていないのです。だからまずは“母親との共依存関係”に気がつくこと、『母親はこう言っているけど、自分は“どう生きていきたいか?”』と考えていくことだと思います。
親子共依存だけでの問題ではないですが、同居をして経済的に支え合っていても、精神的な自立をしていれば問題はありません。年齢に応じて親離れ・子離れは必要不可欠であり、良好な親子関係とはそれぞれが精神的な自立の上に成り立っている関係だと思います」
今回紹介した母娘は特別な事例ではなく、令和も5年目を迎えた現在でも、昭和的な価値観からの脱却ができずにいる人は珍しくないのです。
またこの問題は、「私は親から自立している」という人にとっても他人事ではありません。共依存は親子間だけでなく恋愛関係や友人関係、特定の相手との関係となら誰とでもなり得てしまうもの。大切な人、身近な人と、適切な関係性を築けているか? 時には立ち止まって振り返ることも必要ではないでしょうか。
<女子SPA!>
48歳・独身女性「母なしでは生き方がわからない」。依存し合う“危険な母娘関係”から抜け出すには #令和の親 #令和の子