結婚は個人の自由な選択である。独身者は「結婚できなかった」人ではなく、「結婚しなかった」人にすぎない。だが今の時代にあっても、周りはなかなかそうは見てくれないのかもしれない。
結婚に踏み切れなかった
「なんとなく、いつかは結婚するんじゃないかと思って仕事中心の生活を送ってきたら、この年齢になってしまったんですよね」
苦笑いしながらそう言うのはミカさん(58歳)だ。北関東の実家では、米寿を迎えた母が兄一家と暮らしている。母はときおりひとりで上京してくるほど元気だし、特に実家でもめごとがあるわけでもなさそうだから、ミカさんはひとり暮らしを謳歌してきた。
「大学入学で上京してから、40年もひとりで暮らしていますからね。途中、ちょっと同棲していたこともありますが結婚には至らなかった。それほど結婚願望も子どもがほしくもなかったんだと思います」
新卒で入った会社で25歳年上の男性と不倫、それが彼の家庭や会社にバレて大騒動となった。彼は会社を辞めたが、彼女は居残って周りの白い目をエネルギーに実力を磨いた。仕事がおもしろくなり、連日終電で帰る日々を送っているうちに30歳を迎え、ヘッドハンティングされて今の会社へ。
「30代はいちばん仕事が楽しかった。その中で恋愛もしましたが、『週末、どうする?』と言われた段階で恋愛から撤退(笑)。土日のどちらかは仕事をしていましたから、週末を束縛されるのは嫌だったんです」
30代半ばのころ、スポーツジムで知り合った男性と恋に落ちて一緒に住むようになった。結婚も視野に入れてはいたが、この男は「ただのろくでなし」だった。1年も経たないうちに給料を半月で使い果たしてミカさんに無心してくるようになったのだ。しかたなく小遣いを渡していたが、それは結局、別の女性とのデートに使われていたとわかり、彼女は彼をたたき出した。
「男性不信になってもう恋愛なんてしないと言っていたけど、やっぱりまた好きな人ができた。そのたびに結婚も考えましたが、踏み切れなかった。私の生活の中心はいつも仕事でした」
仕事は裏切らない。彼女は心の中でいつもそうつぶやいていたという。
50歳を過ぎると周りの目が変わって
40代もときどき恋愛をし、仕事に明け暮れたミカさんだが、50歳を過ぎると周りの目が少しずつ変わってきたような気がするという。
「50歳前後で体調を崩しました。めまいや頭痛に悩まされて。更年期だったんでしょうね。ホルモン補充療法や運動をすることで乗り切ったと思ったのが55歳手前。白髪やしわ、シミにも悩まされましたね。老化の一途をたどっていると実感するようになった。と同時に『定年間近のかわいそうなお局』みたいに見られていると感じました」
被害妄想ではないかと思ったのだが、「そうではない」と彼女は言う。彼女は現在、部長という肩書きだが、上司は年下の男性。彼女自身は気にしていなかったのだが、「先輩が部下ってやりづらいですよ。男同士ならまだいいけど、僕が先輩をいじめているみたいに見られがちだから」と彼は本音を明かしてくれたことがあるそうだ。
「彼は、しかも先輩は独身だしとつけ加えたんです。何の関係があるのかと問うと、会社でストレスに感じることがあっても、家庭があれば家族から必要とされていると実感できる。でも独身だとそうはいかないでしょと言うんです。え、独身者は誰からも必要とされてないわけ? びっくりしました。でもふと周りを見渡すと、『もう孫がいてもおかしくない世代なのに、夫すらいないなんてかわいそう』『年をとった孤独な人なんだから、いたわってあげないと』という雰囲気に満ちている。誰も対等に話そうとしてくれないんです」
ミカさんの部署はたまたま若い人が多いこともあって、周りが彼女とどうつきあったらいいかわからないのかもしれない。何も気にしなくていい、年齢を気にせず普通につきあってくれればいいだけなのに、過剰に気を遣ったり過剰に顔色をうかがったりしてくるのがわかる。それが彼らの優しさだと思うと怒るわけにもいかない。
「まあ、こうやって優しく社会から押し出されていくのが歳をとった者の運命かもしれませんが、私としてはまだまだ現役なんですけどね……」
ミカさんは寂しそうにつぶやいた。学生時代の友人たちからは、子どもが結婚したとか初孫誕生とかの報告が続々とやってくる。ひとりでも別にどうということはないのだが、そういえば強がりに聞こえるだけだ。
「それでもまだ定年まで7年もあるんですよ。バリバリ仕事をしていかなければと思うし、モチベーションは下がってない。でも周りが『無理してがんばっているんじゃないか』とよけいな忖度をしてくる。55歳を越えたら、そういうものとも闘っていかなければいけないんだと実感しています」
ミカさんは最近、ピアノを習い始めた。新しいことにチャレンジする気持ちは忘れたくないと心から感じているからだ。とはいえ、無難に定年を迎えようとは思っていない。新たなプロジェクトを立ち上げてもみたいし、定年後もどこかで働きたい、そのための準備もしたいと考えている。
「独身のまま老いた孤独な女。そういうレッテルだけは貼らないでほしい。心の奥ではそう叫んでいる自分がいます(笑)」
自身が感じている年齢と実年齢は違うことが多い。年齢による一般的な固定観念で人を決めつけてはならないのだ。
<All About>
58歳独身、私は“かわいそう”な存在なのか?「独身のまま老いた孤独な女」というレッテル