『人口動態統計』(2021年 厚生労働省)によると、全ての婚姻件数に対する再婚の割合が増えていることがわかる。1995年は、夫13.2%、妻11.6%だったが、2021年には夫19.1%、妻16.6%と増加している。
今回の依頼者は、司法書士の昇さん(45歳)だ。「母(70歳)が“再婚する”と言い出し、頭を抱えています。相手の男は10歳年下だそうです。こいつの氏素性を調べてほしいのです」と、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんのもとに来た。
母一人、子一人、働き通しで息子を育て上げた
依頼者・昇さんは司法書士事務所に勤務している堅実な印象の男性です。サイズがきつめのスーツに体を押し込むように着ており、肩から掛けるタイプの分厚いビジネスバッグをかけていました。髪は太く多く、しっかりと刈り込んでいて、清潔な印象です。分厚い黒ブチメガネをかけていました。
汗をかきながら「母さん……いや、母がいきなり結婚すると言って、困惑しています」と言っていました。今、70代以上の世代にも、マッチングアプリが浸透し、親の恋愛に直面して困惑する方は多いです。まずは、母について伺いました。
「母は40年前に僕の父と離婚し、女手ひとつで育ててくれたんです。当時、女性の仕事は限られており、昼は保険の外交員、夜はスナックの店員と、寝る間もないくらい働いていました」
母はなりふり構わず昇さんを育てたと言います。当時は離婚も少なく、母子家庭における偏見も強かった。母は強い気性と、深い愛で昇さんを見守ります。
「両親は僕が5歳のときに離婚したので、父の顔は覚えていないし、何をしているのかもわかりません。何の問い合わせもないので、どこかで生きているのでしょう。離婚の原因は父の浮気と暴力だったそうです。父は普段は温厚なのに、酒を飲むと暴れ出す。母が楯になって僕を守っていたらしいですが、あるとき父が僕に手を上げた。その時に母は父を突き飛ばし、僕を抱き抱えサンダル履きで交番に走ったそうです」
寒い冬の夜、3歳の息子を抱えて夫から逃げる母……これは親戚の間でも語り草になっているそうです。
「いざ、離婚となると父は難色を示しましたが、母の意思は固かった。2年の交渉を経て離婚が成立したそうです。母は“孟母三遷”ではないですが、名門小学校がある都心エリアに引っ越します。当時でも珍しい風呂ナシアパートでの生活は、今でも覚えています」
その地域の公立中学校に入るまでは、銭湯通いをしていたと言います。
「ボロい家が恥ずかしくてね。でも、男親がいないからバカにされないように気を張っている母にそのことは言えませんでした」
気が付けば独身、母と一心同体の人生
それから昇さんは母と二人三脚で人生を歩んでいきます。関東近郊の名門国立大学の法学部に合格し、在学中に司法書士試験も合格。
「弁護士になろうと思ったのですが、当時の司法試験はめちゃくちゃ難しかった。早く社会人になって稼げるようになって、母を楽にさせたかったから、司法書士の道を選びました。僕は経営者になるより、案件をたくさんこなして稼ぎたかった。社会人になってからは、母と毎年、海外旅行に行くことができていますし、30歳のときに都心に2LDKのマンションを買いました。今もそこに住んでいます」
母は仕事が好きで、家計が安定し、裕福になっても、65歳まで働き通しだったと言います。
「仕事を辞めてから、友達と旅行したり、観劇したりして楽しそうにしており、僕も親孝行ができたと安堵していたんです。僕たち親子はいわゆるマザコン親子ではなく、線を引いているというか、お互いをあまり干渉していません。同居人といったところです」
とはいえ、昇さんは家事を一切しておらず、結婚をする気もなかったと言います。誰よりも昇さんを理解する母との生活が心地よかったのでしょう。
「気が付けば独身でした。母も結婚しろとか孫の顔が見たいとかいうタイプではありません。苦労人だからドライなところがあります。当然、これまで母にも男の影はありませんでした。ワンナイトくらいはあったとは思いますが、常に僕を優先していたように思います。僕の父がDVで離婚も本当に大変だったらしいので、“結婚=苦労の種を産む”という感覚は強いと思います」
そんな母が、突然「結婚する」と言ってきたのです。昇さんは寝耳に水で驚いたと言います。
「なんで今さら、と思いましたよ。相手は母の元同僚の選挙応援で、4年前に知り合った男だとか」
母を慕っていた、40代の元同僚が区議会議員に出馬。党の公認は得たものの、とにかくお金がない。そこで、有志が集まって、街頭演説の応援や選挙事務所の運営、電話かけなどをしていたそうです。
「朝8時から夜8時まで、1日12時間、1週間一緒にいれば、お互いに気心が知れる。そこで食事をしたり、飲みに行ったりするようになったそうです。相手の男は母より10歳年下の60歳。親の介護と労働組合活動で婚期を逃したそうです。僕が言うのもなんですが、60歳で初婚の男に対して不信感しかない。母は一度言い出したら聞かず、チャラ男が好きなところもあります。相手がどんな奴か、徹底的に調べてください」
70歳には見えないほど、若々しい母
母は昇さんの実父のDVから息子を守るようにして、40年前に離婚。当時、母子家庭への偏見が強くそこから息子を守るように育て上げた苦労人です。昇さんはそんな母の期待に応え、関東近郊の有名国立大学法学部在学中に司法書士試験に合格。25歳のときから、毎年母と海外旅行に行き、30歳で母と住むマンションを購入。45歳まで独身を貫いていました。
最愛の母に恋人ができ、結婚したいと言っている。相手の男性は交通関連の会社に勤務し、労働組合活動をしていたと言います。4年前の区議選で母と男性は出会いましたが、交際を隠していたらしく、昇さんは相手の男性のことを一切知らない。まずは母の足取りを追うことにしました。
母の生活パターンを伺うと、女性の友達が多く、さまざまなボランティア活動やアルバイトをしているとのこと。18時には必ず家にいるので、朝9時から3時間くらい見て、男性と会う様子がなければ終了するという調査をしていました。
母は70歳とは思えないほど若々しい。息子・昇さんはふっくらした体型ですが、母はスリムで筋肉質です。ピタッとしたスパッツにオーバーサイズのシャツというのが定番スタイルで、まさにアクティブシニアの典型。調査1日目は友人夫妻が経営する喫茶店でアルバイト、2日目は読み聞かせサークル、3日目は『古事記』の勉強会と忙しい。
変化があったのは5日目の金曜日です。母のファッションが女性らしい雰囲気になっているのです。そして香水の香りもほんのり漂っている。「これは恋人と会う」と確信し、後を追います。
母は池袋駅まで行き、待ち合わせ場所で人待ち顔をしています。トイレに立ち寄り口紅を直していたので、これは男性と会うことは間違いがない。
すると、遠くから「ごめんなさいね」と手を振りながら、小柄な男性が走ってきます。男性はスリムで端正な顔立ちをしており、優しい印象。「みっちゃん(母のこと)、お待たせしたね。ちょっとバスが遅れちゃって」と母の手を取ります。
母と男性は手をつないで私鉄方向に歩いていき、埼玉方面へ。1時間ほど電車に乗って、オーガニックカフェに入っていきます。男性はとても饒舌でボディタッチが激しい。「そのピンクのシャツ、かわいい」「みっちゃん、おぐしが豊かでいいね」などと、しきりにほめており、母もうっとりしています。
食事が終わると、母が3000円程度の会計をします。その後、古民家を見学したり、公園を散策したり。人目がないところに来ると、男性は母を抱きしめてキスしています。それがとても優しく、母をいたわっていることがわかります。その日は17時に池袋で解散。男性は母に「これ、みっちゃんに似合うと思って。100均で恥ずかしいけれど気持ち」と手を両手で握っていました。
「僕だけのお母さんだったのに」
男性を追うと、池袋駅からバスで30分ほどの下町エリアにある公営住宅。所得が高くない人が住む住居です。それから男性について調べると、交通関連会社に勤務していましたが、父親はアルコール依存症で浪費した上に10年前に死去していました。残された母は父の死後から3年で認知症を発症。今は関東近郊の特別養護老人ホームに入っているとのこと。男性は労働組合活動に力を入れており、会社から冷遇されていたそうです。定年後の今は、清掃や警備のアルバイトをしつつ、後輩に向けて勉強会を開き、会社との交渉の仕方などを話し合う会を開いていました。
近所で聞き込みをしたのですが、「本当に優しくて、いい息子さんなのよ」と近くに住む人は、口をそろえて言っていたのです。母とこの男性の共通点は、家族のために生きてきたこと。そこで強く惹かれあったのではないでしょうか。
以上を依頼者・昇さんに報告すると「なんだこの男は!」と激怒していました。報告書をめくるたびに険しい顔になり、母のキスシーンになると、「親のこんな姿は見たくなかった」と顔を手で覆っていました。息子にとって母親は性的な領域から遠く外れた存在なので、嫌悪感と忌避感が強かったのでしょう。そして、「僕だけのお母さんだったのに……」と泣いていました。
昇さんは「こいつはこんな家だから、ウチに転がり込むに違いない。絶対に金目当てだ!」と憤り、男性について調べたそうですが、特にそういう様子もなかったそうです。その頃には冷静になっており、母に「なぜ結婚するのか」を聞く余裕もできたそう。
「母は男性と同居を望んでいましたが、僕が買ったマンションに男性を入れるわけにはいかない。男性の家は一等親以内の親族しか住むことができないので、結婚すると言い出したのです」
そこで、昇さんは「僕が出るから、お母さんと彼氏と一緒にここに住みなよ。そろそろ僕も独立しないと」と提案したところ、母は涙を流して喜んだそうです。
「まあ、相手の男が母より長生きする可能性はありますが、そしたらその時で面倒を見ると言いましたよ。母があれだけ喜ぶのは、僕が大学を卒業した時以来です。母は大学の卒業式で、人目をはばからずに嗚咽していました。ことあるごとに、“あんたは親孝行よ。大学まで出て、あの卒業式のことを思い出すだけで泣いちゃうもん”と言っていましたから。正直、複雑な気分ですが、よしとします。相手の男も優しい人ですし」
昇さん自身は、結婚願望はないそうです。それには司法書士として、不動産と相続関連の案件を扱ってきたからだといいます。
「夫婦も子供も親族がいればいればいるほどお金でモメます。お金は人をおかしくさせるのです。親は“ウチの子は喧嘩なんかしない”とタカをくくっていますが、きょうだい間の遺産分割がこじれにこじれ、最終的にはトイレットペーパー1個の権利を争って大ゲンカする例を見ていますからね。結婚も子供も災いの種。母があの男と入籍したら、貯金の配分などでモメるのは目に見えています。他人だから感謝できるんですよ」
高齢になってから入籍すると、財産分与や介護、入院時の身元保証人になる、延命措置の決断ほか、“家族”に求められる決断が増えることも多い。亡くなれば遺体引き取りや葬儀、火葬、埋葬、相続手続きなど、すべきことはたくさんあります。それを引き受ける覚悟がないまま入籍し、子供に負担をかけている人が増えているのだとか。結婚(入籍)から派生する問題は多く、将来のことを考えてから大切なことは決めなければならないと感じました。