家賃が払えない中高年女性

近年、日本の中高年シングル女性の多くが低収入にあえぎ、その理由として家賃負担が重いといった「住まいの問題」に直面する実態が明らかになっています。収入に対して住居費が占める割合が5割を超えるケースもみられます。50代単身女性をめぐる厳しい現実を取材しました。

どん底まで落ちた。

コロナ禍に見舞われた2020年の夏前、和田静香さん(57)は都内にある築30年以上の狭い賃貸アパートの一室で絶望していた。

当時のアルバイト先は、商店街の一角のおにぎり屋。休業期間が空けても感染におびえてシフトに入るのをちゅうちょしていると、店長からスマホで解雇を告げられた。

心にダメージを与えた「家探し」

家賃5万7千円は払えなくなる。フェイスブックで嘆くと、「空き家になっている実家の1階を格安で貸してもいい」と友人から申し出があった。それでも生活費の4割を占める。住み慣れた地域には知人が多く駅も近かった。引っ越したのは同年10月だった。

転居先は築年数が半世紀ほどの木造一戸建てだが、広さは3倍に。在宅ワークが中心のフリーランスにとってはありがたかった。

本業は音楽ライター。

20歳の時、音楽評論家の湯川れい子さんのアシスタントになった。時代はバブルの好景気。姉と暮らす家賃6万8千円の賃貸アパートから湯川さんの自宅兼事務所へ通った。
編集作業のほか掃除や買い物もこなしつつ、自分の記事を書いて雑誌に載せた。
1992年、27歳で独立。日本経済は下降線だった。それでもCDで音楽を聴く習慣は続き、物書きの仕事も途絶えなかった。

潮目が変わったのはリーマン・ショックの起きた2008年ごろ。CDが売れなくなり、音楽誌は次々廃刊に。バイトで生活費を補わざるを得なくなった。
コンビニ、パン屋、スーパー。合間にパソコンへ向かい、古巣の音楽業界だけでなく、ファンである相撲の記事も書いた。
もともと物欲がなく、外食もせず、買い物といえばCDぐらい。テレビ、洗濯機、机、本棚といった家財道具の大半は友人からのプレゼントや中古品で不満はなかった。

しかし雑誌の部数減に伴って原稿料は下がる一方で、ウェブ用記事はさらに安い。ライター業を続けるなら、現状より安い物件に転居して住居費を削るしかなかった。

この「家探し」が思った以上に心にダメージを与えた。

年齢はすでに40代後半。単身女性、フリーランス、貯金も少ない。
ラフなTシャツ姿で不動産屋をたずねると、若い男性社員は「だよねー」とため口で接してきた。希望の家賃に見合う物件は、外階段を上り下りする際に「カン、カン、カン」と音が響くアパートばかり。
丸1日かけてボロボロの部屋を何軒も回った夕方、休憩に立ち寄った公園で「もうここでいいや」と投げやりな気持ちになった。

公営住宅に入りたいと区役所の窓口へ相談すると、担当者は厳しい入居条件をいくつも示し、「病気になりなさい」と言った。あまりの侮辱に泣きながら帰宅した。
やっとのことで転居できても老朽化した部屋は水回りでトラブルが起きやすく、よくトイレが詰まった。

一帯は、築浅の洗練された戸建てが軒を連ねる住宅地。ある日の帰宅途中、近所の路上でキャッチボールする父子が見えて、きびすを返した。理由は「あのオンボロアパートに一人で住んでるおばさん」と思われたくなかったから。

「何もかもうまく行かずに卑屈になっていた時期。貧しくてみじめだった」

陥った生活苦、「これは自己責任なのか」

20年夏、和田さんが「どん底に落ちた」と思ったのは、もうアルバイトではごまかせないほどの低収入だと自覚したからだった。

出口が見えないコロナ禍でバイト先に解雇され、翌月の給与も未来も消えた。そして未知の感染症によって命の危機にもさらされている。「どうせコロナで死ぬんなら好きなことをやろう」と覚悟を固めた。

和田さん自身が今、生活苦に陥っているのは自己責任なのか。国会議員に質問をぶつけて検証する本を執筆することにした。

ほぼ1年間没頭して21年9月、「時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。」(左右社)を出版した。出版不況の中、発行2万1千部と好調に売れている。

この本を書く上で、和田さんが一番驚いたのは「30歳未満の労働者の1カ月分の生活費に占める住居費の割合」(総務省「消費実態調査」から)だ。それによると約50年前は男女ともに数%程度だったが、最新データの14年は男性25%、女性26.2%と4分の1にまで膨らんでいる。

昨今、シングルマザーの困窮とその解消に向けて政治家が動くようになった。しかし単身で中高年になった女性たちの多くも低所得かつ住む場所に困っている実態には目を向けない。和田さんが対話した立憲民主党の小川淳也衆院議員(51)も、住宅問題については「自分の勉強が手薄だった。ごめんなさい」と謝った。

50代後半の和田さんがSNSで住まいについて発信すると、「ぜいたく言わずに郊外の団地へ移ったら」とか「実家に帰っては」などと助言する人がいる。

しかし、人には生活圏がある。住み慣れた地域だから他者とのつながりが生まれ、暮らしの中の問題点に気づき、政治への関心も芽生えていく。
そこには単身女性も暮らしていることを、世間は認めているだろうか。

「女が働きながら一人で暮らして老いていくって、そんなに悪いことですか?」(高橋美佐子)

「住まいの問題」に直面する中高年シングル女性

民間団体「わくわくシニアシングルズ」(大矢さよ子代表)は昨年、40歳以上の単身女性を対象にウェブアンケートを実施。2345人から得た回答結果によると、主たる生計維持者は86.1%で、就労率も84.6%にのぼっています。

ですが正規職員44.8%と半数に満たず、非正規職員38.7%、フリーランス14.1%と雇用の不安定さが目に付きました。また年収200万円未満は33.3%、300万円未満に拡大すると56.9%。暮らしぶりは「大変苦しい」「やや苦しい」を合わせて7割近くになります。

苦しい家計に追い打ちをかけるのが「住まい」に関する出費です。公益財団法人「横浜市男女共同参画推進協会」が2021年秋、単身女性15人にインタビューをしています。

12人が民間もしくは公営の賃貸住宅、3人が分譲マンションに暮らしていて、家賃やローンに共益費などを加えた月平均の住居費は平均6.1万円でした。
収入に対して住居費が占める割合は3.5割以上が9人を占めており、5割を超えるケースが3人もいました。

インタビューを踏まえて同協会は、「行政からの家賃補助を望む声が圧倒的に多かった。さらにほぼ全員が家賃を安く抑えたいが、2階以上やオートロックなどの防犯面や通勤の利便性をどう確保するかで葛藤を抱えていた」としています。(高橋美佐子)

<朝日新聞DIGITAL>
家賃5万7千円払えない 中高年シングル女性が直面する住まいの問題

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