おひとりさまの遺産

お一人様の遺産は誰が相続するのか。1月26日(金)発売の「プレジデント」(2024年2月16日号)の特集「ひとりで生きる老後戦略」より、記事の一部をお届けします――。

PART1 相続人がいない人のための財産防衛戦略

年間400億円……大事な財産が国に没収!

家族のいない「おひとりさま」が増えています。家族のいる人が亡くなれば、財産は配偶者が2分の1、残り2分の1を子どもたちが頭数で割って相続しますが、配偶者も子どももいない「おひとりさま」が亡くなれば、その遺産は誰のものになるのでしょうか。

答えは「国のもの」です。配偶者や子どもなど相続権を持つ家族がいない人が残した資産は、しかるべき手続きを経たのち、国庫に帰属すると法律で決まっています。その額は年々増えており、いまや年間400億円にも達します。

【図表】年間400億円が国庫に帰属されている……おひとりさまの遺産の流れ

配偶者や子どもがいない場合でも、親やきょうだい、きょうだいの子ども(甥おいや姪めい)がいれば、相続権は彼らに移ります。しかし自身が高齢なら、親きょうだいがすでに他界していることも多いでしょう。甥や姪とはもう何十年も会っていなかったりするケースもあると思います。そんな遠い親戚に財産を譲ったり、自分で使い道も指定できない国庫に帰属させるくらいなら、世話になった人や活動を応援したい団体に遺産を使ってもらうほうが、自分らしい相続になるのではないでしょうか。

実は、この願いをかなえる方法があります。それは法的効力を持つきちんとした遺言書を作成することです。そうすれば自分が苦労して築いた財産を国に帰属させることはありません。また、自分の死後の後始末をしてくれそうな友人などに「お礼」の意味をこめて相続してもらうこともできます。しかし遺言書に不備があれば、かえってその友人や団体に迷惑をかけてしまうことになりかねません。

そうならないための準備の仕方や、遺言書の書き方について説明していきましょう。

財産を残してもありがた迷惑になる場合も

まず私がおすすめするのは、相続権を持つ家族や、財産を譲りたい友人や団体に、あらかじめ一声かけておくことです。遺言書を書くのはそのあとで十分。なぜならこんなトラブルもあるからです。

たとえばあなたに相続権のある家族(法定相続人)はいるけれど、疎遠になっている場合。

あなたが「私は法定相続人と折り合いが悪かったので、親しかった友人に、遺留分(兄弟姉妹以外の法定相続人が最低限相続できる割合)以外の財産をすべて譲ります」という遺言を書いて亡くなったとします。しかし法定相続人があなたの死を知り、友人に遺産の分配を要求してきました。あなたはちゃんと遺言書に「遺留分以外の遺産は友人にすべて譲る」と書いたつもりでも、その遺言書がパソコンで書いてあって、簡単に偽造できそうだったらどうでしょう。その遺言は無効になるばかりか、友人は不愉快な思いをするのではないでしょうか。

あるいは自分が亡くなったあと、いま住んでいる家を、あるボランティア団体に譲ると決めたとします。しかしその団体にとって、ただの民家は使い道がない。となるとその団体は家を売却して現金化しなければなりません。「面倒だから相続は遠慮します」といわれる場合もあるかもしれません。

したがって遺言を書く前に、法定相続人と、自分が財産を残したい人の双方に、「こんなことを考えているんだけど……」と相談しておくことが必要です。相続トラブルの大半は「もらえると思い込んでいたのに、もらえなかった」という不満から発生するもの。それを防ぐためにも、自分が生きているうちに、「私の財産はこんなふうに分けるつもり」と伝えておくべきなのです。

遺言を無効にしないためにとるべき方法とは

さて、事前の根回しができたら遺言書の作成に入りましょう。遺言書には大まかにいって「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。自筆証書遺言は自分で書いた遺言のこと。作成に費用はかかりませんが、全文を手書きで書く必要があり、パソコンの使用は基本的に認められません。また、作成した日付を明確に記入したり、署名捺印したりといったルールが守られていないと、家庭裁判所での「検認」を経たあとで「無効」となるケースも多いので、おすすめしません。

一方、公正証書遺言は、公証役場でつくる遺言書です。作成にはそれなりの費用がかかりますが、内容に不備がある場合はプロに指摘してもらえますし、つくった遺言書は公証役場に保存されるので、「遺品を探したけれど遺言書が見つからなかった」という事態を避けることができます。さらにいえば、遺産というのは法定相続人が受け取るのが前提。それをいわば「赤の他人」に譲ろうとするわけですから、やや例外的なケースといえます。だからこそ公正証書遺言にしたほうが安心なのです。

【図表】費用と手間はかかるが、断然おすすめ 「公正証書遺言書」の作り方

そしてもう一点、大事なのが「遺言執行者」を決めておくこと。遺言執行者とは、遺言に書いてある内容を実行する人、つまりあなたの財産を動かすことができる人です。

あなたが亡くなったことを銀行が知ると、あなた名義の銀行口座は凍結されます。しかしあなたは自分の死後、自分が銀行に預けたお金を家族ではない相続人に引き継ぎたい。ということは、誰かが銀行からお金を引き出して、相続人に渡さなければなりません。その「誰か」が遺言執行人なのです。

ただし遺言執行者を法定相続人でない友人や知人にすると、おそらく銀行の担当者はすんなりと預金を引き出させてくれないと思います。たとえば「あなたが故人から財産の管理を任されたことを証明してください」「故人に相続人がいないことを、戸籍謄本とうほんなどで証明してください」などといわれるはずです。戸籍謄本を持って行ったら行ったで、「あれ、弟さんがいるじゃないですか」「でも故人は、弟さんとは何年も連絡をとっていなかったそうですよ」「でも一応決まりなので、弟さんの同意書をもらってきてください。そうでなければ預金は移せません」ということになる。こんな面倒くさいことは、一般の人にはまず無理でしょう。しかし弁護士や司法書士などの法律家であれば、仕事として日常的に行っていることですから、苦もなく実行してくれます。したがって遺言執行人には法律家を指名するのがおすすめ。遺言書には遺言執行人の名前も書くことができるので、そこまで書いておいたほうが安心でしょう。

また、遺言書には遺産の配分や親権の確認などを書くことが定められていますが、「なぜ、このような遺言をするのか」という理由も「付言ふげん事項」として書いておくことができます。法定相続人がいるのに、知人・友人・団体などに財産を譲る場合は、「この人がこんなふうに私を長年支えてくれたから」「この団体のこんな理念に共感したので、私の遺産はその活動に役立ててもらいたい」というように理由を付言事項に書いておくことで、将来のトラブルが回避できるでしょう。

後見人選びは認知症になる前に済ませよう

「いまは元気だからいいけれど、将来認知症になってしまったら、遺言書の存在を伝えることすらできないかもしれない」という心配もよく聞きます。確かにおひとりさまが認知症になれば、思い通りの相続を行うことは難しくなるでしょう。そこで知っておきたいのが「成年後見制度」です。

成年後見制度とは、認知症などで判断力が低下してしまった方に代わって「成年後見人」が財産の管理を行う制度のこと。成年後見人には2種類あり、すでに認知症が進行し判断力が低下してしまった人(あるいはその家族など)が、「支援する人をつけてほしい」と裁判所に申し立てることでつく人を「法定後見人」といいます。

もう1種類が「任意後見人」。いまは判断能力に問題はないけれど、将来のために自分自身で後見人を選んでおく方法です。契約を締結する際、後見人の権限内容を自由に決められる点がメリットです。

後見人になれるのは①家族、②弁護士・司法書士など法律の専門家、③社会福祉士など福祉の専門家、④生前契約を請け負うNPO団体・社会福祉協議会・民間企業などですが、信頼できる人(組織)かどうかは自分の目で確かめる必要があります。

ここまで見てきたように、法定相続人以外に財産を譲るための手続きは簡単ではありません。「やはり自分のお金は自分で使い切って死ぬのが一番だ」と思うかもしれません。しかし自分の死期はわからないもの。それまで生活費・医療費がいくらかかるかもわかりません。途中でお金が足りなくなるよりは、余ったほうがいい。そして余ったお金についてはしかるべき手を打っておくのも、おひとりさまの務めではないでしょうか。

PART2 死後に迷惑をかけないために……「死後事務委任契約」活用法

死後の事務を一括で頼める「死後事務委任契約」とは

遺言書についてはパート1で説明しましたが、実は遺言書に書くことができるのは、基本的に財産の相続に関することだけです。しかし自分が死んだあとの後始末を頼める家族を持たない「おひとりさま」にとってみれば、言い残しておきたいことは、まだまだたくさんあるのではないでしょうか。

たとえば病院で亡くなったとしたら病院への支払いは誰がするのか。遺体をどのようにしてほしいのか。葬儀や供養はどうするのがベストか。自宅に残った遺品の処分など、心配ごとだらけといってもいいでしょう。

そこで知っておきたいのが、「死後事務委任契約」という方法です。これは葬儀・供養から始まり、遺品整理や各種の届け出、生前に結んだ契約の解除、所有していた不動産の売却など一切の事柄を、「相続人以外」に行ってもらうための契約をいいます。どんなことを頼めるかは、のちほど詳しく説明します。

【図表】死後の手続きを一任できる! 「死後事務委任契約」とは

死後事務委任契約を結ぶ相手は、行政書士や司法書士など法律の専門家の場合もありますし、友人などでもかまいません。専門家に依頼する場合の契約金の目安は100万円前後で、内容によって異なります。

実はいま、「おひとりさま」の増加にともない死後事務委任契約を請け負う企業がたくさんあります。このような企業をネットで探してもいいですし、お住まいの地域の社会福祉協議会・地域包括支援センターなどでも紹介してくれます。ここからは死後事務委任契約を請け負う人を「請負者」と呼ぶことにしましょう。

支払い方法は後払いがおすすめ

死後事務委任は、普通の契約とはいろいろと違う点があります。契約自体は本人がまだ元気なうちに請負者と締結しますが、契約が効力を持つのは契約者本人が亡くなった時点からです。そして請負者が義務を遂行し、それが完了した時点で、対価を支払う義務が契約者に発生します。つまり対価を払う時点で、すでに契約者は死亡しているところが通常の契約と違うところです。

対価の支払い方法はさまざまです。たとえば事前に一括して前払いしておく方法。あるいは契約者の遺産から、かかったお金を差し引く方法。または保険をかけておいて、その保険金で支払う方法など。一般的には事前に前払いすることが多いようでが、私にはあまりいい方法だとは思えません。

なぜなら死後事務委任契約を結んだことを第三者が知らなければ、もし請負者が契約を守らなくても、誰にもわからないからです。あるいは「契約者が亡くなった」という連絡が何かの手違いで請負者に行かなかった場合、別の業者に死後の処理が依頼されることもあります。それを防ぐためにも支払いは必ず「後払い」にし、請負者に死亡の連絡が確実に届く仕組みをつくっておくことが必要です。

いまはさまざまな終活関連のサービスがあり、財産管理や死後事務のすべてを一括で請け負う会社もあります。しかし一社だけに絞るのは契約不履行ふりこうのリスクが高いといえます。それを防ぐためにも、項目ごとに複数の請負者と契約して相互監視の仕組みをつくっておくのが賢明でしょう。

また、あわてて契約しないことも重要です。私の経験では、かなり高齢な方でも相談から契約に至るまで、最低でも3カ月はかけています。よく話し合い、詳しい見積もりを出してもらって、ゆっくり検討してください。

財産以外に関する希望はエンディングノートへ

ここで改めて、どんなことを死後事務委任契約で頼めるかを説明しておきましょう。基本的には死後に関することは、すべてこの契約で網羅することができます。具体的には、「病院へ遺体を引き取りに行き、葬儀が行われるまで指定された場所へ安置する」「死亡診断書を受け取る」「役所に死亡届を提出する」「病院への支払いを清算する」「葬儀の日取りを決める」「亡くなったことを知らせたい人に通知する」「葬儀を執り行う」などの死亡直後の仕事から始まり、「遺品を整理する」「賃貸物件に住んでいた場合は退去手続きをする」「公共料金の支払い停止」「インターネットやクレジットカードの解約」など、実にさまざまな手続きがあります。なかには専門家でなければできない法律や税務の手続きもあるので、その場合は請負者が専門家に依頼して行うことになります。

死後事務を担当する人にとって最も困るのが、故人の希望がわからないことです。家族であれば故人の好みを知っているので、「お父さんは賑にぎやかなことが好きだったから、お葬式は盛大にしよう」と判断できますが、そうでない第三者にとっては生前の打ち合わせや遺言、エンディングノートだけが頼り。すでに述べたように遺言には財産に関することを主に書くので、それ以外の希望(「無駄な延命治療はしないでほしい」など)はエンディングノートに詳しく書いておくといいでしょう。ふつうのノートに書いてもいいですが、市販のエンディングノートを利用すれば、記入もれを防げます。

【図表】認知症になってからでは取り返しがつかない 身体が衰えてから死ぬまでの契約等の流れ

あなたは本当に「ひとり」ですか?

死後事務委任契約を結ぶのは身内が一番おすすめです。「おひとりさまなのだから、そんなことを頼める身内などいない」と思うかもしれません。しかし民法に定められている親族・姻族いんぞくの範囲で見ると、意外と「身内」は多いものです。たとえば自分の親やきょうだいがすでに亡くなっていたり、高齢だったり、つきあいが途絶えたりしていても、結婚していた人なら配偶者の親族(姻族といいます)がいます。

いとこやいとこの子、自分の配偶者の甥や姪などの遠い親戚に、あなたの財産を相続する権利はありません。しかし私は彼らを頼るのがいちばんいいと思います。なぜなら専門業者に死後事務委任を頼むと、生前から毎月支払いが発生することがあるからです。その点、親類ならばお金はかかりません。周囲の人たちからも「甥っ子さんなら面倒を見るのが当たり前だわ」と納得してもらいやすいので、死後事務の手続きもスムーズに進みます。

PART3 着手は早いに越したことはない「モノの片付け」

終活の第一歩はデータの整理から

終活はやることが多いので、何から手を付ければいいのかわからないかもしれません。私は、家の片付けから始めるのをおすすめしています。

懐かしいアルバムや手紙、使わなくなった趣味のグッズなどを整理することは、自分の過去を整理することにもつながります。片付け作業を通じて、自分の望む人生の締めくくり方がなんとなく見えてくるでしょう。

とはいえ、あと何年生きるかわからないのに、毎日の生活に必要なものまで処分するわけにはいきません。そういう意味でも、手をつけやすいのがスマホやパソコンのなかの片づけです。他人には見られたくない写真や、不要になった電子メールなどを削除することから始めてはどうでしょうか。

ただし、自分の写真はある程度「遺影用」に残しておくことをお忘れなく。おひとりさまは「私は葬式などしない。したがって遺影も必要ない」と思っているかもしれません。しかし、何かのきっかけで考え直すこともないとは限りません。さらには、あまり若いときの写真では葬儀の参列者が違和感を抱きますから、できれば定期的に写真を2〜3枚撮っておき、「この写真を遺影に使ってほしい」と指定しておくと、葬儀を手配する人の負担が少し減るでしょう。

おひとりさまが亡くなれば、残された人がスマホやパソコンのデータ、つまり「デジタル遺品」を整理することになります。パソコンだけに保存されているものなら消去すればおしまいですが、クラウドサービス上にあるデータやSNSのアカウントなどはログインIDやパスワードがないと消すことができません。どんなサイトを利用していて、どんなログインIDやパスワードを使っていたかをリスト化しておく必要があります。できればパソコン内ではなく、紙に書いておいたほうが安心です。

ペットがいる人は、自分の死後にペットの面倒を見てくれる人を確保しておく必要もあります。もし自分で探すことができない場合は、動物愛護団体などがボランティア活動の一環として里親探しを手伝ってくれます。最後まで自分が面倒を見るつもりでも、一度くらいはそのような団体のウェブサイトをチェックして、活動状況を知っておいてもいいかもしれません。

【図表】家の整理と一緒にやろう 忘れがちな準備・片付け

物は生きているうちに渡しておこう

持ち物を整理していると、高価なものや思い出の品など、「これはあの人に形見分けしたい」というものが出てくるでしょう。そのようなものがあるなら、死んだあとの「形見分け」ではなく、生前に少しずつ渡すことをおすすめします。つまり自分の意思で、「Aさんにはこれ」「Bさんにはこれ」というようにはっきりと決めて、生きているうちに譲るのです。「宝石やブランド品は友達みんなで仲良く分けて」「好みもあるだろうから、それぞれ好きなものを持っていって」というように、残された人に決めさせるのは一見親切なようですが、不公平感を抱く人も出てきます。また死後の整理を頼まれた人が適当に分配を決めると、「あの人より私のほうが故人と親しかったのに、なぜ?」と不満を覚える人が出てこないとも限りません。

どうしても生前に渡すことができず、形見分けでしか渡せないものは、「なぜこれをあげるか」という理由やメッセージを残すことを心がけてください。きちんと書き残すことでトラブルを防ぎます。

50~60代こそ終活適齢期

「家の片づけなどの終活は、何歳ごろから始めるのがいいですか?」

とよく聞かれます。50〜60代が終活を始める「適齢期」ではないかと私は考えています。なぜなら、この年代であればまだ体力もありますし、頭もしっかりしている。さらに親を見送る経験をする年齢でもあるので、人が死ぬとどういうことが起きるのか、どういうところで残された人が苦労するのかを学ぶことができるからです。

人間は「誰にも迷惑をかけずに死んでいきたい」と思っても、最後は絶対に迷惑をかけるものです。ただし迷惑の量を減らすことはできる。このように考えて準備をするのが正解ではないかと思います。

<PRESIDENT ONLINE>
独身者の遺産は誰が相続するのか…国に没収されたくない人がやるべき全手続き

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