サイドFIRE40代独身女性

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。今回の相談者は、40代の独身女性です。サイドFIREを希望していますが、果たして実現は可能なのでしょうか?FPの黒田尚子氏と一緒に検討していきます。

【相談内容】
都内で働く40代前半独身の女です。結婚や子供を持つ予定はありません。 近々退職し、来年からコーストFIRE(月20万稼ぐフルタイム正社員)、もしくはサイドFIRE(月10万ほど稼ぐパートアルバイト)を希望しており、見通しが甘くないかご意見を伺いたいです。 できればサイドFIREが希望ですが、生活費として投資信託から10万ほど取り崩しを始めて、問題ないでしょうか? 現在の会社は、残業も少なく有休も比較時とりやすく、ホワイト企業だと感じています。 一方、副業は全面的に禁止、直近で異動になり、対人関係に疲弊するようになったため、数年後に予定していたFIREを早める事が可能か?と考えるようになりました。退職金は今辞めると20万程度、定年まで勤めても230万ほどのため長く勤めても…とも思います(中小企業のため、定年するまで会社が存在するかも不明)。FIREについては数年前から興味があり、いずれ出来るようにこれまで節約や投資を頑張ってきました。
【相談者プロフィール】
・相談者:女性、40代、未婚、会社員
・お住まい:賃貸
・毎月の世帯の手取り金額:39万円(37~45万と幅がある)
・年間の世帯の手取りボーナス額:190万円
・その他:なし
・毎月の世帯の支出の目安:17〜28万円(支出が高い月は主にふるさと納税)
【毎月の支出の内訳】
・住居費:8万円
・食費:3~3.5万円
・水道光熱費:1.5万円
・教育費:なし
・保険料:なし
・通信費:0.8万円
・車両費:なし
・お小遣い:2万円
・その他:4万(美容費の平均、ジム代8千円含む)
【資産状況】
・毎月の貯蓄額:決めていない
・ボーナスからの年間貯蓄額:決めていないが、全額現金貯蓄か投資に充てている
・現在の貯金総額:730万(うち360万は26年度NISAに使用予定)
・毎月の投資総額:3~5万(投資信託)
・現在の投資総額:3,630万円
・現在の負債総額:なし

FIRE(Financial Independence, Retire Early)という言葉が広まり、以前ほどではないにしても、「経済的自立による早期リタイア」に対して関心をお持ちの方が少なくないようです。

今回の相談者は、都内で働く40代独身女性。ホワイト企業に勤めながら、約4,000万円の金融資産を築いてきました。数年後に予定していたFIREを「前倒しして来年からサイドFIRE(月10万円のパート収入)」に切り替えたいというご希望です。はたして今の資産で実現可能なのか、数字と暮らし・働き方の両面から検証します。

節約と投資で築いた「4,000万円」の安心資産

相談者の手取り年収は約658万円(毎月39万円+ボーナス190万円)。支出は月17~28万円で、平均22万円前後です。無理のない範囲で投資と貯蓄を続け、現在の金融資産は貯金730万円+投資信託3,630万円=計4,360万円。負債ゼロということで、これまで節約や投資に励まれた堅実な家計運営が光ります。

また、支出の中身もバランスが取れており、住居費8万円、食費3万円台、美容・交際費などもほどよく確保。節約一辺倒ではなく、心地よく続けられる節制を実践してきたご様子が伺えます。

サイドFIREで不足する生活費を何年まかなえるか

仮に来年から退職し、パート収入月10万円+投資信託の取り崩し月10万円で生活費月20万円をまかなうとします。年間支出は240万円。貯金730万円のうち360万は2026年度のNISAに使用予定とのことですので、残り370万円を生活防衛資金+予備費という流動性資金として確保し、残り3,990万円を運用するとしましょう。

運用利回り年3%で、年120万円を取り崩した場合、約40年間分取り崩すことが可能。試算上は、80歳前後まで生活を維持できる見込みであり、サイドFIRE自体は実現可能なように思えます。

ただし、この試算は“想定上の理想値”です。実際には、予想以上のインフレの進行や医療・介護費の増加、運用成績の悪化などを考慮しておく必要があります。

また、「取り崩し額を月10万円」とお考えですが、株式や投資信託のような価格変動商品を「定額」取り崩しをする場合、株価が下落しているときは売却する口数(割合)が多くなってしまい、資産残高の目減りが加速します。積立の際に買い付け単価を抑える効果を発揮した「ドルコスト平均法」がマイナスに働いてしまうのです。

その結果、運用環境によっては、資産残高が大きく目減りすることに。それを防ぐには「定率」取り崩しが効果的ですが、この方法は資産残高(ロット)が大きくないと、必要な金額が確保できません。

さらに、心配なのは心理的な問題です。私は40歳の時に乳がんを経験し、治療期間中、収入がまったく入ってこない時期がありました。これまでずっと働き続けてきた身としては、金額の多寡は別にして、定期的な収入が入ってこないという状態は精神的にかなり辛いものでした。金融資産はある程度保有していましたし、共働きの夫がいるにも関わらず、です。

これは、定年退職された方によくみられる傾向でもありますが、取り崩しを始めて、「もうこれ以上資産が大きく増える見込みがない」と思うと、心理的な不安から、お金があっても安心して使えないという人が少なくありません。

「コーストFIRE」と「サイドFIRE」の違いは?

相談者は、サイドFIREをご希望とのことですが、そもそも「コーストFIRE」と「サイドFIRE」は、達成後の働き方や目標資産額に違いがあります。

コーストFIREは、「惰性走行」を意味する「Coast」の名の通り、ある程度の資産が貯まった後は、その資産を運用することで、追加の貯蓄や投資をしなくても、定年退職する頃には老後資金が目標額に達する状態を指します。

また、コーストFIREは、「経済的自立(FI)」の状態ではありますが、早期リタイア(RE)はせず、定年まで働き続けることを前提としているため、厳密には「FIRE」ではないとされることもあります。目標とする資産額は必要な老後資金の目標額から逆算した額です。

一方、サイドFIREは、資産運用による不労所得と、自分のペースで続ける労働収入を組み合わせて生活するセミリタイアのスタイル。完全に働くことを辞めるフルFIREとは異なり、資産運用による収入と自分のペースで続ける労働収入の二本柱で生活費をまかないます。

目標とする資産額は、米国の「4%ルール」という考え方に則ると、年間の生活費から労働収入分を引いた額の25倍が目安で、年間支出額が400万円なら1億円。目標達成後は、好きなことや得意なことを仕事にしたり、週に数日だけ働いたり、働き方の自由度が高いのが特徴です。

自分にとってのサイドFIRE目標額を見直してみる

そこで、相談者にお勧めしたいのは、もう一度、ご自身の目標額や年間支出額など資金計画を検討してみることです。

まず、いただいたデータには社会保険料や税金などの負担分が計上されていません。とくに、大きいのが社会保険料です。

会社員時代は給与天引きで半分を会社が負担していて、自己負担分は給与総額の約15%程度。退職後は国民年金と国民健康保険(介護保険料)を全額自分で支払うことになり、国民年金だけでも、月額:17,510円(令和7年度)で、年間21万円以上です。そして、厚生年金加入期間が途切れると、将来の老齢年金受給額も減少します。

ところで、「バリスタFIRE」というのをご存じでしょうか?米国のスターバックス・コーヒーなど、大企業の中には、パートタイムの従業員にも健康保険(医療保険)を提供している企業があります。米国では国民皆保険制度がないため、健康保険加入を目的にパートタイムで働くスタイルをがバリスタFIRE。サイドFIREよりも、自分の時間や生活を最優先に考え、給料よりもストレスの少なさを重視した仕事を選ぶのが特徴です。

米国に限らず、たとえ退職金が少なくても、将来の年金や休職時の所得保障など、社会保険加入を続ける価値は大きいということは忘れてはいけません。

そして、これから老後に備えて重視すべきは、「医療・介護」「住居」「見守り」の3点です。独身者の場合、家族のサポートを得にくいため、自助努力での備えが不可欠になります。目標額に高齢期の医療費として200~300万円、介護費用として500~1,000万円、住居費が生涯賃貸なら、保証人代行や身元保証サービスの検討しておく必要があるでしょう。サービス内容にもよりますが、50万円〜150万円程度が相場です。もちろん、「いくらあれば足りるか」ではなく、実際には、暮らし方をシンプルにして工夫すれば「十分に足りる」生活を実践することもできます。

いずれにしても、生活費、医療費、余暇の費用等をシミュレーションし、自分にとっての「最低限の安心ライン」を知ることが重要なのです。

働くことは「生活の糧」であると同時に「人生の糧」

最後にお伝えしたいのは、働くことの意味です。

私は20代後半でFPとして独立しましたが、その前に会社員を辞め、しばらく世界一周旅行に出たことがあります。会社員として忙しく働いていた頃には、とにかく自由に好きなだけ旅行がしたいと思っていました。念願かなって、数カ月は楽しかったのですが、そのうち、時間を持て余すようになってしまいました。一人旅ですから、一緒に食事をしたり、おしゃべりをしたり、誰かと楽しい時間を共有することもできません。

そして気づいたのです。会社員時代の旅行が、あれだけ楽しかったのは、仕事という日常的な「ケ」の時間があってこそ。海外旅行という非日常の「ハレ」が大切に思えたのだということを。日本人特有なのかもしれませんが、「ケ」の時間を丁寧に過ごすことが心身のバランスを整えることにもつながると考えています。

そして、もう一つは、前述した40歳のときの乳がんに罹患した時の経験です。近年、国は、がんや脳血管疾患、心疾患などの重篤な病気になった方に対する治療と仕事の両立支援に注力しています。私も医療機関等で患者さんへの就労支援を行う一人です。

病気になっても働き続けたい理由は、もちろん仕事が生活するための“生活の糧”であるから。しかし、相談を受けているとそれ以上に、「病気になった自分も認められたい」「仕事を通じて人や社会に関わりたい」という根源的な承認欲求があることを痛感します。まさに、仕事は、生きがいややりがいといった“人生の糧”でもあるのです。

最近、以前に比べてFIREが下火になり、再び就職して「FIRE卒業」という言葉を聞くようになったのも、このような理由があるのではないでしょうか?

相談者は、まだお若いですし、人間関係にちょっと疲弊されておられるなら、一度、実際にサイドFIREを実行してみるのも一つです。可能であれば、今の職場を辞めずに、配置転換や部署異動などで実現できないか考えてみてください。

FIREを成功させるポイントは、資産額よりも人生の軸をどう描くかにあります。「どんな働き方なら心地よいか」「どんな時間を大切にしたいか」―その軸を明確にすることが、長期的な幸福につながるはずです。

<MONEY PLUS>
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