おひとりさまリスク

老後や死に対する備えというのはなかなか気が進まないもの。しかし多くの訴訟やトラブルを見てきた司法書士の太田垣章子さんは「その結婚の形態のままでは危険!」と警鐘を鳴らす。『あなたが独りで倒れて困ること30(ポプラ社)』より、事実婚における備え方を紹介。

老後を迎えてからでは遅い「おひとりさまリスク」への対応

——「おひとりさまリスクに備えよう」と言われても、あまりピンときません。「おひとりさま」になると、どのような困りごとが発生するのでしょうか。

人はいつでも、病気やケガなどによって意思能力や判断能力がなくなるリスクを抱えています。「万が一の事態=死んだとき」だけでなく、生きているけれど自分では判断できない局面が来る、という可能性を考えておくべきです。認知症にはならなくても、体が不自由になることだってあります。

また、私はシングルマザーなのですが、 以前急に入院することになり、病院で身元保証人を求められました。しかし息子は当時海外にいて、私の姉も遠方に住んでいるためすぐには来られない状態でした。このときは特別に配慮してもらえたのですが、 ふつうは病院も入院の際には保証人を求めてきます 。

20〜40代のうちは、自分ではなく親世代の「おひとりさまリスク」を考える時期でしょう。

例えば、父親が他界したあと、認知症の母親を施設に入れたいと思ったとき、母親の銀行口座は判断能力がなくなった時点でロックされている可能性が高いです。

その場合、あなたが母親の後見人(本人に代わって資産を管理したり、支援をしたりする人)になったり、母親が意思確認できる状態の時に銀行に代理人として届け出たりしない限り、自分の貯金で母親を施設に入れるしかなくなります。

また、親が大きな持ち家から手頃な賃貸住宅に住み替えようと思ったとき、70代以降では賃貸契約が結べない可能性が高くなります。

仮に年金で支払えるような家賃だったとしても、物件のオーナーが入居者に孤独死されるリスクを恐れるからです。

これまでに対応した 高齢のお客さまも、自分の死や「おひとりさまリスク」に備えていた人はごく少数でした。そのため、何かしらのトラブルを抱えてしまったのです。

まだ「おひとりさまリスク」の低いうちに、備えておくことを強くおすすめします。

若い世代は「お金や住まい」、老後の近い世代は「健康」について考えてみよう

——若いうちから特に考えておくべきことは何でしょうか。

20〜40代では、お金や住まいに関してよく検討すべきだと思います。最も大きなお金が動くのは、家を購入するときといっていいでしょう。

将来までずっと家族構成にマッチした家はありません。家の購入時には子どもを含めた3〜5人程度で住んでいても、子どもが巣立ったら夫婦2人で住むため、部屋が余ります。

そのときに自宅をスムーズに売却して住み替えるためには、資産価値の下がりにくい物件を購入するなど「売ることを想定して買う」ことが重要になります。

また、これからは「退職金がない時代」がやってくるといわれているので、退職金に頼った住宅ローン返済は非常に危険です。無理のない住宅ローンの金額はいくらなのか、シビアに計算する必要があります。

老後の生活資金も年金にすべては頼れないので、これまで以上にひとりひとりがマネーリテラシーを身につけて資産運用をすることが大事です。

しかし、もし大切な資産を通帳のないネット銀行に黙って貯めていたら?
自分に万が一のことがあったとき、スマホのロックを誰も解除できなかったら?

残された家族がその資産を使うこともできないかもしれません。スマホやネット銀行、クレジットカードなどのデジタル関係の情報はまとめてどこかに記載し、家族に共有しておくことをおすすめします。

また、親にも「ネット証券やネット銀行を使ってるかどうか?」を確認しておくとよいでしょう。

——親世代の「おひとりさまリスク」対策で、特に重要なことも教えてください。

親世代では、健康に関する希望を子どもと共有しておくことが重要だと考えています。例えば「生死にかかわる大きな病気の際に、延命治療を受けたいか?」などです。

もし親が自宅で倒れたとき、救急車を呼ぶ家族は多いと思います。この「救急車を呼ぶ」という行為は、「救命・延命行為をしてください」という意思表示とも捉えられます。

しかし親がもし無理な延命を望んでいないのだとしたら、呼ぶべきなのは「かかりつけ医」かもしれません。

70〜80代にとって積極的な治療は心身の大きな負担がかかる可能性があります。また、重大な判断を迫られる子どもにも多大なプレッシャーがかかるかもしれません。万が一のときに親の意向とは違う対応をしないよう、折りをみて「お父さんは万が一倒れたら、どうしたいと思っているの?」などと、早めに意向を聞いておくとよいかもしれないですね。

「おひとりさまリスク」を考えると「生き方」がみえてくる

——具体的な「おひとりさまリスク」対策を行う前に、検討すべきことはありますか。

まずは自分と向き合って、人生に対する考えや希望を洗い出してほしいです。例えば、何歳まで働くのか、どんな老後を送りたいのか、その老後はどこで迎え、どんなことをやりたいのかなどです。そのなかで、独身を通した場合、結婚して子どもをもうけた場合など、いくつかのパターンで考えておくとよいでしょう。

親が亡くなっても 遺産がもらえるとは限りません。そして、最期まで自分の面倒を見てくれる子どもがいるとも限りません。だからこそ「おひとりさま」で完結できる老後を考えてみてはどうでしょうか。

年齢を重ねてわかったのは、人は年をとるほど「やらなければいけないこと」よりも「楽しいことや得意なこと」を優先しやすいことです。そういった意味でも「おひとりさまリスク」に備えるのは早いほうがよいと思います。

人はいつか必ず死ぬからこそ、今から「どんな生き方をしたいのか?」を考えてみてください。

そしてこの情報過多な社会のなかで広くアンテナを張り、多くの書籍などから情報を得てみてください。信用できる専門家や企業などをみつけ、正しい判断ができるような礎を築いていただけたら嬉しいです。

事実婚の場合、どちらかに何かあるとどんなデメリットが考えられますか?

離婚・再婚・ステップファミリー・事実婚、同性婚……。さまざまな形があり、家族の関係も、昭和の時代に比べれば多様化したと思います。

そんな中、最近は事実婚を選ぶ方も増えました。選択肢が増え、「ねばならない」という呪縛から解き放たれ、とても良いことだと個人的には思っています。

ただこの事実婚、人生の晩年に関しては、良いことばかりではありません。なぜなら事実婚は、法律上の家族・親族ではないからです。

事実婚をしている有名な女優さんが「遺言書で備えておけば何の問題もない!」と記事の中で語っていました。記事を読んでいて、掲載する前に、「正しい知識を持った人がチェックして欲しい……」思わずそう呟いてしまいました。

遺言書は、財産の分配の仕方を記載しておくものです。事実婚の場合、配偶者ではないので、相続権がありません。つまり遺産をもらう権利がないのです。その点に関しては、遺言書で「遺贈する」ということを残しておけば事実婚のパートナーにも財産を渡すことはできます。

ただし相続と遺贈では、かかる税金が違ってきます。家族だからこそ、相続の税金は他のものより低いのです。でも苦楽を共にしながら生活をしていると、問題は亡くなった後の財産の分配だけではない、ということはもうお分かりですよね?

繰り返しになりますが、日本では(今後、法制度が変わらざるを得ないかもしれませんが)、家族・親族以外には、何の権限もありません。だから当然、事実婚のパートナーには、何の権限もないことになります。たかが戸籍、されど戸籍なのです。

まだまだ「戸籍の力」が強い今の日本。老後のあれこれはきちんと形にしておくべき

たとえば二人で一緒にいる時に、突然片方が倒れたとしましょう。本人は意識がない状態です。病院がここから家族を探したりコンタクトを取ったりするのは、とても大変です。

そのために事実婚であるパートナーに話を伝えたり、聞いたりはしてくれるところも増えました。だって目の前に「親族に近い人」がいるのだから、みすみす他人扱いしてしまうのはもったいない。ただ医療の判断を委ねてまでくれることは、難しいかもしれません。

また全ての医療機関等が受け入れてくれる体制とは、まだまだいえません。

住民票が別々の場合には、まったくの他人と扱われる可能性が大です。最終的に事実婚は家族とは認められず、蚊帳の外という可能性もあり得ます。この先変わっていくかもしれませんが、現段階では籍の重みを認識しておいた方が良さそうです。

それが分かっていれば、備えておけばいいだけ。代理権契約や任意後見、死後事務委任の締結を、第三者である事実婚のパートナーとしておけば良いのです。加えて財産に関する遺言書があれば、税金のことはさておき、ほぼ家族と同じことになりますね。

でもこの手間を踏んでおかないと「家族ではない」という理由で、いろいろなこ
とで排除される可能性があることも把握しておく必要があります。

残念ながら〇〇家の墓にも、一緒には入れません。そもそも墓には入らない(散骨等)という方には問題がないのでしょうが、じっくり考えていくといろいろあります。

片方が病気や認知症等で判断能力がなくなってしまえば、もはや入籍(結婚)することもできません。

事実婚を選択している方は、その理由や対処法、今後入籍する可能性があるならそのタイミング等もしっかり話し合っておきましょう。

見つかったときはすでに腐敗が進行…分譲マンションでの孤独死は悲惨

人は家の中か、家の外か、どちらかで亡くなります。家の中で亡くなる=事故物件になってしまうと不動産の資産価値が下がるので、国交省は2021年に事故物件のガイドラインを発表しました。

大きくは自殺や事件の場合には事故物件となりますが、病死の場合は事故物件にはなりません。ただし発見が遅く、特殊清掃が必要になれば事故物件となります。

事故物件と言えば、どうしても賃貸物件をイメージしやすいのですが、持ち家でも同じことです。特に密閉度の高いマンションの場合、室内で倒れていても気付いてもらいにくいものです。

賃貸物件なら、家賃が支払われないからおかしいと家主などが気付き、さらに連絡がつかないと安否確認で家主側が室内に立ち入ることもあります。

一方で分譲マンションの場合、管理費や修繕積立金は銀行からの自動引き落としなので、そこから気付かれることはほとんどありません。

まして条件のいい物件ならある程度の広さもあります。玄関から遠く離れた部屋で倒れた場合、気が付くのは悪臭等がしてからになるでしょうから、その時には相当腐敗が始まっています。

そうなるとその部屋だけでなく、マンションそのものの資産価値も下がってしまう可能性があります。当事者の家族(相続人)だけでなく、赤の他人のマンションの所有者の方々にまで、迷惑をかけてしまうことにもなりかねません。

室内で倒れて一番困るのは、浴槽の中で亡くなることです。保温機能が作動中のお湯の中で亡くなった場合、人の体は腐敗が早く進み、お汁状になってしまうこともあるのです。そうなると臭いは大変なもので、ユニットバスごと交換したとしても消えないという話も聞いたことがあります。

換気口を通して別の部屋でまで臭ってしまったら……。考えただけでゾッとしませんか?

夫婦で住んでいてもゼロではない「孤独死リスク」

夫婦で住んでいるから大丈夫! というのも大きな誤解です。夫婦であっても、どちらか片方が亡くなったり認知症になったりすれば、残された方は「おひとりさま」です。

そのおひとりさまが倒れた場合、誰が気が付いてくれますか? 毎日欠かさず、誰かと連絡を取り合いますか? 連絡がつかなければ、すっ飛んできてくれますか?

もしくは見守りサービス、利用していますか? その見守りサービスのアラート、誰が受けてくれますか? 365日対応してくれますか?

そもそも毎日心配して連絡を取り合える家族がいるなら、見守りサービスを利用する必要はありません。見守りサービスの難しさは、そのアラートを受けてくれる人がいないことなのです。

セキュリティ会社が、部屋の鍵を預かってくれるサービスがあります。何かあれば駆け付けて、鍵で入室までしてくれます。でも彼らができることは、倒れているあなたを見つけて救急車を呼んでくれるまで。入院等の手続きはしてくれません。

それは仲の良い友人や近所の知人に、鍵を預けていたとしても同じことです。もともとは先方も、好意で鍵を預かってくれたかもしれません。でもその鍵が必要になる時は、こちら側が弱っている時。

たとえば認知症の兆候が見られるようになると、大切な物やお金を自分で泥棒に見つからないように隠してしまい、それを忘れて「泥棒が入った」と大騒ぎになることが多々あります。

そのような中で、鍵まで持っている友人がいたとしたら、好意で預かっていたにもかかわらず、泥棒呼ばわりされかねません。そこで一気に、今までの良好な関係性は崩れてしまいます。こんな悲しいこと、ないと思いませんか?

しかも万が一の第一発見者って、事件性を疑われて延々と警察から事情聴取を受ける羽目になってしまいます。だから安易に鍵を預けるだなんて、絶対にしちゃいけないことなんです。

もっと高齢になれば、介護サービス等を受けて、週に何回か誰か立ち入ってくれるかもしれません。むしろそうなった方が安心で、先にお話ししたような孤独死が多いのは、圧倒的に単身の現役世代なんです。

自分はまだまだ高齢者でもないから大丈夫、そんな風に安易に考えていたら、物件の価値を下げてしまうことにもなりかねません。

一度自分が室内で倒れた時のこと、想定してみてください。

誰が気付いてくれますか? どのようなルートで誰に連絡が行きますか? 自分に必要なのは、どのような見守りですか?

そういった対策を高齢になってから考えるのは、なかなか難しいもの。自分の不動産の価値を下げないためにも、同じ建物の方々に迷惑をかけないためにも、最悪のことをどうすれば避けられるのか、クリアな頭の現役世代のうちに考えておいてくださいね。

<集英社オンライン>
「おひとりさまリスク」で最も考えるべきこと。親世代なら「大きな病気で延命治療を受けたいか?」子世代なら…

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