少子化の出口

2月末に人口動態統計の速報値が発表され、2022年の外国人を含む出生数が80万人を下回ったことが明らかになった。結婚件数や妊娠届の動向から予想されたことだったが、実際に数字が示されると、その衝撃は大きかった。

これは将来推計を11年も早く先取りしたことを意味する。コロナ禍における一過的な落ち込みに過ぎず、出生数が再び回復するかどうかは不明だが、人口減少に拍車がかかったことは間違いない。

加速する人口減少に対して、政府が全く無策というわけではない。年頭の記者会見において、岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」を講じることを明言し、4月1日には子育て支援を強化するためにこども家庭庁が発足した。

これに先立って3月31日、「異次元の少子化対策」のたたき台が、小倉將信こども政策担当大臣から発表された。具体策については、こども家庭庁が発足してから詰めていき、6月の経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」に盛り込むとしている。

たたき台では、今後3年間に取り組むべき政策を「こども・子育て支援加速化プラン」として掲げた。検討すべき課題として示されたのは、1)出産への保険適用の検討、2)児童手当の拡充(所得制限撤廃、支給対象年齢の高校卒業までの延長、多子世帯への支給額見直しなど)、3)両親が育児休業を取得した場合の給付額引き上げによる手取り収入の維持、4)保育所の利用要件緩和(「こども誰でも通園制度」)と保育士の配置基準見直し、5)子育て世帯への住まい支援(公営住宅などへの優先入居、多子世帯の住宅ローン金利負担軽減)、6)学校給食の無償化と高等教育にかかる負担軽減策の検討などとなっている。

足りない未婚化への対策

たたき台で示された対策案は、果たしてじゅうぶんな効果を上げることができるのだろうか? 出産手当、児童手当、育休取得に対する給付額の拡充案などは、ある程度の効果が期待できるだろう。すでに子どもを持っている家庭にとって、確かに経済的負担の軽減になる。もう一人子を持つように背中を押してくれることも期待される。まだ子のいない夫婦にとっても、安心して出産しようと一歩踏み出すかもしれない。

しかし、まだ結婚していない若者たちに対して、結婚へ踏み切らせるのに十分な効果を発揮できるのだろうか。たたき台の説明会見では未婚化については、出会いサポートセンターのようなマッチング・サービスへの言及と、若者の所得が伸び悩んでいることへの指摘はあったが、それを改善させる施策についてはほとんど触れられることはなかった。

現在の少子化を引き起こしている最大の原因が、著しい晩婚化と非婚化にあることはよく知られている。2020年の初婚年齢は男性31.0歳、女性29.4歳と近代統計史上、最も遅く、女性は1970年よりも5.2歳も遅くなった。

日本は江戸時代半ばから、ほとんどの男女が生涯に一度は結婚する「皆婚傾向」の強い社会だった。高度経済成長期までその傾向は続いた。

50歳時の未婚者割合(生涯未婚率)を見ると、1970年に男1.7%、女3.3%だったが、80年代から大幅に上昇にして、2020年には男28.3%、女17.8%まで高まった。戦後、最高水準である。

のみならず、生涯未婚率が高い傾向にあるフランスや北欧諸国と同水準になっている。日本はもはや結婚嫌い、子ども嫌いの国になってしまったのだろうか。

変わる女性のライフコースに対応していない政府目標

国立社会保障・人口問題研究所が定期的に実施している「出生動向基本調査」によると、独身女性(18〜34歳)が理想と考えるライフコースは、1987年には「専業主婦」が最も多かった。これに次いで結婚・出産を機にいったん退職し、子育で後に再び仕事に着く「再就職コース」、第3位は結婚して子を持っても仕事を続ける「両立コース」だった。「非婚就業コース」と「DINKsコース(共働きで子どもを持たない)」はごく少数派だった。

2021年調査では大きく変化して、「専業主婦コース」は大幅な減少、「再就職コース」も減少した。これに代わってトップになったのが「両立コース」である。割合では低いものの、「非婚就業コース」「DINKsコース」も上昇し、両者を合わせた子をもつ可能性が低いライフコースが20%に迫っており、「専業主婦コース」を凌ぐ存在になっている。

理想ではなく、現実に予想されるライフコースとなると、もっと悲観的である。結婚しないで仕事を続ける「非婚就業コース」が四半世紀を通して一貫して上昇し、21年調査には33%でトップになった。「両立コース」はこれまで「非婚就業コース」を上回って上昇していたが、15年以後は28%で停滞したままで、21年には第2位に後退した。子育てを重視する「再就職コース」と「専業主婦コース」は大幅に低下した。「DINKsコース」は微増で、5%未満だった。

最新の調査は新型コロナウイルス禍のため、本来予定されていた20年ではなく、1年遅れで行われた。コロナ禍の最中である。

失職や収入減の影響を受けて、将来に対してより悲観的になった可能性がないではない。しかし四半世紀の間に、非婚就業とDINKsを合わせた子を持たないコースを予想する者が増え続けて、4割近くにも達したことは驚異である。今後も出生率がさらに低下すると予想せざるを得ない。

政府は国民の「希望出生率」として1.8を掲げて、この水準まで出生率を回復することを目指している。これは9割の女性が結婚して、子ども2人を持つことによって実現される。もし予想通り4割の女性が未婚かDINKsのコースを選ぶとすると、結婚した人々は平均して3人は産まなくてはならないのだ。壁は一段と厚くなる可能性がある。

未婚率における男女の相違

未婚率の上昇について、男女間で違いのあることにも注意を払う必要がある。各種の調査が明らかにしているのは、男性の場合、年収が高いほど未婚率が低く、年収が低いほど未婚率が高いというわかりやすい傾向である。

ところが女性の場合は正反対で、年収が高い女性で未婚率が高く、年収が低いほど未婚率は低い傾向にある。その背景には女性労働のあり方に原因があるといってよい。

男女年齢別に正規雇用と非正雇用とにわけて未婚率を比べると、男性の場合、正規雇用労働者の未婚率はどの年齢別でも非正規雇用よりも低い。これに対して女性の場合、どの年齢階層でも正規雇用の方が独身率は高く、生涯未婚率も正規の方が非正規よりも高い。

未婚率プロファイルにおける男女の真逆の現象は、女性にとって理想のライフコースである就業と結婚(家事・育児)の両立が困難な状況にあること、男性がもっぱら主たる稼ぎ手としての役割が期待されているのに対して、女性には家計補助的な就業が期待されるという役割分担意識が、(男女ともに)依然、根強いという背景があるのではないだろうか。

男女間、正規・非正規間の賃金格差や、所得税における配偶者控除制度も男女間のプロファイルの違いを支えている。制度改革とともに、意識改革が必要である。

ライフデザイン教育の提案

「異次元の少子化対策」のたたき台では、若い人びとの就業や賃金・所得格差の是正については直接、触れられていない。一連の改正労働関係諸法令改正による働き方改革に任されたのだろう。また男女賃金格差についても、女性活躍推進法に関する制度改革に委ねられているのかもしれない。縦割り行政に違いないが、今後に期待したい。

たたき台には、これから結婚し、出産を控える若者への働きかけも欠けている。安定した雇用、格差のない賃金・所得、働き方改革は、あくまでも条件の改善でしかない。

大学・大学院で学ぶ学生に対する奨学金の拡充や授業料後払い制度の導入などが検討されているが、意識や行動を促す施策がない。結婚や出産に結びつくためには当事者の意識改革も必要ではないか。

文部科学省は22年4月に学習指導要領が改訂されて、小学校から高等学校まで、金融教育の学習が必修となった。内容は、生活設計・家計管理、金融・経済の仕組み、消費生活・金融トラブル防止、キャリア教育の4分野にまたがっている。筆者はこれに結婚、出産、育児、介護などを含む人生の過ごし方に関わる「ライフデザイン」を組み合わせることを提案したい。

高等学校家庭科の指導要領では、第1章として「人の一生と家族・家庭及び福祉」が置かれているが、その内容は主に子どもと高齢者という異世代との触れ合いが中心になっている。どのように一生を送るかについて考えるための情報の提供や議論はない。

保健体育科では「生涯を通じる健康」の中の「生涯の各段階における健康」で、思春期と健康、結婚生活と健康、加齢と健康の項目が置かれて、性的成熟、妊娠・出産、家族計画・人工妊娠中絶、母子の健康、加齢に伴う健康問題などが扱われることになっている。しかし「妊娠のしやすさを含む男女それぞれの生殖に関わる機能については、必要に応じ関連づけて扱う程度とする」としていて、その扱いは軽いように思える。

10代から人生の逆算を

学校や地域でも、自分が想定した未来の姿から逆算して人生設計をさせる「逆算のライフデザイン教育」に取り組んでいる例がある。バックワード・デザイン教育である。

野球の世界大会「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で活躍した大谷翔平選手が高校生の時に作った目標達成シート(マンダラチャート)が注目されている。これを自分の人生設計に応用してはどうだろうか。

それはあるべき姿として特定のライフコースを押し付けるものではない。性的少数者(LGBTQ)の存在も認めた上で、非婚か結婚か、DINKs、選択的シングルマザー、子供を持つなら何人か持ちたいのか。成り行きに任せるのではなく、10代後半の思春期から考える習慣を身についてもらいたいのだ。

寿命が伸びたからといって妊娠可能な期間が大幅に伸びたわけではない。30歳代後半から妊娠確率は低下し、流産の確率は高まる。不妊治療の効果も低下することがわかっている。このような知識を身につけた上で、未来の自分の姿を想像することが必要ではないだろうか。

それぞれが多様なライフコースを歩むことを理解、共感して、それぞれの支え合いによって連帯することが、将来への不安を消すだろう。その結果として少子化の脱出口が見出せるのではないだろうか。

<Wedge ONLINE>
結婚嫌い、子ども嫌い?日本の少子化に出口はあるか

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