結婚して家族を持たない「おひとりさま」のライフスタイルや消費行動が注目されるようになって久しい。今後急増すると見られているのが「おひとりさま高齢者」の相続問題だ。相続の現場では既に、甥(おい)や姪(めい)に当たる人物が、生前ほとんど交流のなかった「おひとりさまのおじやおば」の相続人となるケースが増えてきているという。相続で引き継ぐ対象には借金などの負債も含まれる。相続人・被相続人双方にとって望ましくない“疎遠なおじ・おば”からの相続リスクを回避するにはどうしたらいいのか。民間サービスや行政の動向を追った。
遺産を「もらえる」相続ばかりではない
「叔父様が当施設で永眠されました。ついては、あなたに相続人としてお手続きをお願いします」
遠方の聞いたこともない高齢者施設から突然封書が届き、そこにはこう書いてあった。
筆者の仕事関係の40代男性が昨年、実際に体験したことだ。
男性の叔父は生涯未婚で遺体の引き取り手がなく、戸籍を調べて唯一の肉親である兄が既に亡くなっていたことから、その長男に当たる男性に連絡が行ったようだ。とはいえ、亡父と不仲でほとんど交流のなかった叔父とは、40年近く前の小学生時代に数回会ったきりだった。
消息も知らない叔父の死と相続の知らせ。それだけ聞くと、「巨額の遺産が転がり込んで人生が好転!」という映画や小説のような展開を思い浮かべる人もいるかもしれない。
しかし、現実はそう甘くはない。
慌てて相続放棄の申し立て
叔父は施設に100万円単位の未払い金を残して亡くなったらしいことが分かり、慌てて司法書士に相談して家庭裁判所に相続放棄の申し立てをしたという。
「叔父には申し訳ないけれど、父からそれほど多くの遺産を受け継いだわけではないし、我が家の家計に叔父の借金を穴埋めする余裕はなかった」
男性にとっては正直、迷惑以外の何物でもなかったのだろう。
ただ、既に火葬を済ませていた叔父の遺骨をそのままにしておくわけにはいかず、祖父母が眠る田舎の共同墓地に納めた。施設の人からは、「遺骨を引き取ってもらえただけでもありがたい」と感謝されたという。
今の相続人世代は、相続の機会が増える
相続を扱う大手金融機関の専門家は、近年、男性のように生前ほとんど交流のなかった親族の相続に直面するケースが目立つと話す。
「現在の後期高齢者は相対的にきょうだいの数が多かった。中には未婚の人も一定数いるので、その人が亡くなった時には甥や姪に当たる人が相続人を務めることになる。少子化で相続の数は減少すると言われているが、こうしたことから、今の相続人世代は逆に相続を体験する機会が増えている」
中には相続人と生前全く交流がなかったり、故人が負債を抱えていたりするケースも少なくない。この専門家は、「近年相続放棄が急増している要因の1つに、こうした“疎遠なおじ・おば”からの相続の増加がある」と指摘する。
高い未婚率の団塊ジュニアにどう対応していくか
ちなみに、相続放棄の件数は2022年に26万497件に上り、過去最高を記録している。2012年は17万7847件だったので、10年間で1.5倍近く増えた格好だ。
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が4月に発表した日本の世帯数の将来推計によると、65歳以上の高齢者世帯に占める一人暮らしの割合は急速に拡大しており、2050年には男性26.1%、女性29.3%に達する見通しだ。そのうち、男性の約6割、女性の約3割を未婚者が占める。
特に懸念されるのが、人口ピラミッドのボリュームゾーンである団塊ジュニア(1971~1974年生まれ)の未婚率が高いことだという。2049年には、その団塊ジュニアが後期高齢者(75歳以上)に移行する。
年々増え続ける頼れる親族がいない高齢者に向け、生活や相続のサポートを行う体制整備が急がれる。
終活トラブルで国民生活センターに相談も
しかし、現状、高齢者の日常生活の支援、医療施設入居の身元保証、死後の事務手続きなどサポートサービスを提供する業者は玉石混交だ。
国民生活センターにはこれらの事業者に対し、2023年だけで「高額な委託金を求められた」など300件を超える苦情や相談が寄せられたという。同年、総務省が民間事業者204社を対象に実施した調査では、契約時に費用などの重要事項を説明する書類を作成していなかった業者が8割近くに上った。
こうした状況を踏まえ、自治体の中には事業者の質を担保しようという動きも出てきている。静岡市では今年から認証制度(終活支援優良事業者認証事業)を導入した。
静岡市が導入した「終活支援優良事業者認証事業」のウェブサイト
NPO(非営利活動)法人に籍を置く「終活のプロ」も
「組織運営」「契約の締結・履行」「サービスの管理」という3つの項目ごとに基準を設け、全ての基準を満たしていれば、市が「優良事業者」として認証するというものだ。
同市内に本店や支店、営業所などを置き、1年以上サービスを提供している事業者を対象に、事業者の申請を受けて市が聞き取り調査などを行う。認証期間は3年だが、期間中は毎年、活動状況報告書の提出が求められる。
静岡市のような取り組みが広がっていけば、身寄りのない高齢者は安心してサポートサービスを使うことができそうだ。
一方で、“疎遠なおじ・おば”からの相続があると分かっているなら、相続される側もする側も生きているうちに距離を縮める努力も必要だろう。
以前、おひとりさまの終活企画で取材した70代の女性から、次のような話を聞かされたことがある。
女性は親の相続でもめて姉と絶縁したが、姉の死後、時間をかけてその子供たちと関係修復を図っていた。その時点で、賀状や季節の届け物くらいのやり取りはあった。
死後の手続きを依頼し承諾を得た上で、なるべく迷惑をかけないようプロの手を借りて終活を進めている。「手続きの手間賃程度にしかならないかもしれないが、甥と姪にはできる限り多くの金銭を残すつもり」だという。
女性と甥・姪の間を取り持ったのは、NPO(非営利活動)法人に籍を置く終活のプロだと聞いた。“疎遠なおじ・おば”からの相続問題を減らすには、行政だけでなく、こうした民間の力にも期待したいところだ。
<JBpress>
「多額の未払い金があります」と突然通知、おひとりさま高齢者だった“疎遠なおじ・おば”からの相続リスクとは