結婚を中心に考える現代社会では、ワークライフバランスが、仕事と「家族」のバランスとして語られることがしばしばある。注意のほとんどが核家族に向けられ、人々は無意識に、「生活=家族」と解釈しているのだ。だが、現在の世界では核家族以外の枠組みで暮らす人も多い。各国でますます増加するシングル人口はその代表と言える。シングルのワークライフバランス向上のためには、どんなことが役立つだろうか?
30カ国を超える国のデータに基づいてシングル研究を行ったイスラエルの社会学者のエルヤキム・キスレフ博士は著作の中で、幸せに暮らしているシングルの人たちが実践している6つの戦略を紹介している。
キスレフ博士の最新刊『「選択的シングル」の時代 30カ国以上のデータが示す「結婚神話」の真実と「新しい生き方」』を一部抜粋・再構成してお届けします。
シングルの人たちが得るもの・失うもの
ほかのあらゆる人口統計上のグループと比べて、シングルの人たち、特に、個人主義的な傾向の強いシングルの人たちは、意義のある仕事を重視する傾向がある。そのような仕事は、彼らの能力を発揮させ、自由の感覚をもたらし、自分には価値があると思わせてくれるからだ。だが、同時にそれは、彼らが仕事のし過ぎという落とし穴に陥りがちであることも意味している。
仕事上の燃え尽き症候群の特徴としては、極度の消耗、皮肉な心理状態、非効率性が挙げられる。最近の研究でわかったことだが、結婚していない人たちは、結婚している人たちに比べて、燃え尽き症候群になりやすい傾向がある。彼らはほかの活動を犠牲にして、プロフェッショナルな生活に重きを置く傾向が強いからだ。シングルの人たちのうちでも、男性は特に、とりわけ一度も結婚のしたことのないシングルの人たちは、仕事上の燃え尽き症候群のリスクが高い
シングルの人たちだって、友人たちや家族をないがしろにしようと思っているわけではない。それでも、成功したダイナミックなプロフェッショナルとして認められたいと駆り立てる欲求のほうが、社会的な活動や関与を上回ってしまいがちだ。こうなると、仕事はプライドと幸福感の源ではあるにしても、バランスのとれた健康的な生活を妨げる障害ともなり、結局、幸福感を低下させることになってしまう。
真のワークライフバランスとは
ここで大きな問題となるのは、さまざまな人たちにとって、特にシングルの人たちにとって、仕事と生活のバランスとは何を意味しているのかについての誤解である。結婚を中心に考える現代社会では、研究者たち、ジャーナリストたち、政策立案者たちが仕事と生活のバランスではなく、仕事と家族のバランスについて語ることが多い。注意のほとんどが核家族に向けられ、人々は無意識に、「生活=家族」と解釈しているのだ。しかし、人のアイデンティティーというものは、多様な構成要素を含んでいる。レジャーや、教育関係の活動、コミュニティーへの関与、家の修理やメンテナンス、友情の形成などだ。
その意味では、家族という領域のほかにも、注意を払い、時間を配分すべき領域は複数ある。家族の領域においても、シングルの人たちが、結婚している人たちよりも多くの時間を割いて親の面倒をみていることもあるが、この事実は平均的な雇用主からは無視されている。だから、雇用主も、シングルの人たち自身も、シングルの人たちの仕事とそのほかの活動とのあいだで、注意してバランスをとらなければならない。
私がおこなったインタビューからは、幸福なシングルの人たちは、仕事のストレスに対処し、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)と幸福を向上させるために、6つの戦略を用いていることがわかった。
1つ目の戦略は、「仕事と健康的なタイプのレジャー活動とのバランスを保つ」ことだ。そこには、真剣で充実した趣味(ガーデニングやダンスなど)も、短期的で気楽なレジャー(映画を見に行く、美術館を訪れる、など)も含まれる。
戦略の2つ目は、「自分を高めてくれる教育的活動を充実させる」ことだ。インタビューに応じてくれた幸福なシングルの人たちの多くが、仕事と生活の良好なバランスには、正式な仕事関連の環境の外で、教育と学習のために捧げる時間をもつことが含まれると話していた。個人主義的傾向の強いシングルの人たちの中には、さらに上の学位や、資格の取得を目指したり、幅広い意味で自分を向上させる活動をしたりする人たちもいる。
3つ目の戦略は、「心身の健康に投資する」ことだ。仕事の後でジムに行くなどして、エクササイズする時間を見つけ、料理して食べる時間も作ることが、幸せなシングルの人たちの毎日のスケジュールには不可欠だ。私のインタビューでも、マインドフルネスをはじめとする習慣は、幸福なライフスタイルを維持するうえで、特にストレスの多い職場環境で働く人たちにとっては、非常に重要なテーマであることがわかってきた。
家事や「家族」とうまく向き合う
4つ目の戦略として、「家事と賢く向き合う」ことが挙げられる。長時間働けば、どうしても家事に必要な時間が足りなくなる。シングルの人たちも、請求書を管理し、家のなかの修理をし、居住環境を向上させるなどの仕事をしなければならない。たいていの場合は、自分ひとりでやらなければならない。たとえ、お金の問題がないとしても、これらのタスクを完全にやる時間を見つけるのは至難の業だ。自分のワークライフバランスを最適化するためには、こうした細々とした事柄を考慮しないわけにはいかない。
第5の戦略は、「自分のための家族を上手に『選択』する」ことだ。きょうだい、両親、親戚、あるいは友人たちとその子どもたちでもいい、ある特定の家族を選んでおけば、シングルの人たちも、家族に対する責任を負っていないからと決めつけて、自分たちにより多くの仕事を押しつけてくる雇用主や、同僚たちに対処する際に、いくらか強い立場になれる。
ワークライフバランスとは普通、配偶者と子どもたちを中心にするものだと理解されている。このことは、シングルの人たちを非常に不利な立場に追いやる。しかし、幸福なシングルの人たちは、自分の家族を自ら選ぶことで自由を得たと感じることができている。自分が選んだ家族と一緒にいることで、シングルの人たちは、職場でこれまでと異なる姿勢をとり、残業を押しつけられないですむ理由を得ることができる。もちろん、もっと重要なのは、彼らが自分の選んだ家族のメンバーと交流し、おたがいに助けあえるようになることだ。
職場を友好的な環境に変える
最後の6つ目の戦略は「職場を社交的な環境に変える」というものだ。幸福なシングルの人たちは、職場の人たちとよくつながり、同僚のなかから継続的に新しい友人を見つけ出す。今のところ、雇用主たち、そして、プロフェッショナルな地位を獲得しようと努力しているシングルの人たち自身でさえも、友情の重要性を軽視しがちな傾向がある。しかし、幸福なシングルの人たちは、どこでも、職場環境のなかでさえも、友人を見つけることができる人たちである。
未婚で37歳のスージーは、2つの仕事をかけもちしており、労働時間は長い。それでもバランスをとるために、職場の人々とつながるようにしている。
「私は週に5日働いていて、ひとつの仕事では週に3日、一日に約12時間働いている。だから、その職場には週に36時間いるわけだけど、友だちもいるし、創造性が必要な仕事だし、自分の好きな人たちと一緒にいられるのはいいことね」
職場に友人をもつことは、幸福なシングルの人たちがよいワークライフバランスを保つうえで、おおいに助けになっている。
これまでに述べてきた6つの要素をつなぐものは、広い視野で仕事をみる能力だ。シングルの人たちにも結婚している人たちと同じように要求があるということを、シングルの人たち自身、そして雇用側も理解し、行動していかなければならない。シングルの人たちは、余暇活動や社会的なイベントは、自分の生活やウェルビーイングにとって重要だということを説明してもいいと、自信をもって考えるべきだ。ワークライフバランスの実現に頭を悩ませるシングルにとって、ここで挙げた6つの戦略が役立つことがあれば幸いである。
<東洋経済ONLINE>
世界の「幸せなシングル」が実践する6つの行動