未婚男性の寿命と年金

今年4月から公的年金の受け取りを最長75歳まで繰り下げることができるようになった。繰り下げ受給することで受け取る年金額が増加する。日本人の平均寿命は男性81.47歳、女性87.57歳(2021年)。40年前と比較すると、75歳からの平均余命は男性で約4年、女性は約6年長くなった。ゆえに、政府は繰り下げ受給をアピールし、それを後押しするように「得する繰り下げ受給」をテーマにした報道も多い。しかし、それらの記事でめったに語られないのが、未婚男性の存在だ。未婚男性の死亡年齢の中央値は約67歳。数字上では、繰り下げ受給どころか、未婚男性の約半数の人は繰り上げ受給しなければ年金をわずかしか受け取れないことになる。その背景について、独身研究家の荒川和久さんに聞いた。

生涯未婚率が年々上昇している。2020年では男性28.25%、女性17.81%。男性の約3人に1人が生涯結婚しないことになる。AERA dot.でも、職場以外であまり話す人がいない「独身おじさん友達いない問題」を取り上げたところSNSなどですさまじい反響があり、共感の声も多かった。かつてと異なり、年を重ねた独身の存在がめずらしくなくなったともいえよう。

だが、荒川さんが「一生独身だっていいじゃないか」という趣旨の記事を書くと、コピペのように同じ内容の批判が寄せられるという。

「独身者が老後ずっと生き続けることで自分たちの子どもが年金負担を負わされるのは許せない、と。つまり、次世代の子どもを育てるという社会的責任を果たしていないという、独身者フリーライダー論です」

そんな批判に対して、荒川さんは未婚男性の死亡年齢の中央値が約67歳であるという事実を突きつける。

「例えば、未婚男性が一生懸命に働いて、税金を納めて、消費活動もして、65歳になって仕事を辞めました、と。しかし、2年ほどしか年金をもらわずに亡くなってしまう人が半分もいる。これは、ある意味、社会に多大な貢献をしているともいえるわけですよ。次世代の子どもたちに負担をかけているなんて、文句を言われる筋合いはないでしょう」

損益分岐点は「81歳」

ここで年金制度についておさらいしておこう。
公的年金の受給開始年齢は原則65歳だが、現在は60歳から75歳の間で選択できる。繰り上げ受給(60~64歳)をすると年金額は1カ月あたり0.4%、または0.5%減額され、繰り下げ受給(66歳以降)をすると1カ月遅らせるごとに月0.7%ずつ増額される。

繰り下げ受給による年金額の増額は70歳で42%、75歳で84%。65歳から受給を開始する場合と、70歳まで繰り下げた場合を比較すると、81歳で後者の受給総額が上回る。
つまり、81歳が「損益分岐点」となるのだ。

この増減率は19年、社会保障審議会年金部会で審議され、そこで使われたのが65歳の平均余命21.8年(男女平均)という値だった。

しかし、だ。
男女の死亡年齢は配偶関係によって大きく異なる。20年の人口動態統計を基に計算すると、有配偶の場合、死亡年齢の中央値は男性約82歳、女性約79歳。ところが、未婚の場合は男性約67歳、女性約82歳。未婚男性の死亡年齢中央値だけが大幅に低くなっていることがわかる。ちなみに妻と離別した男性も約73歳と、かなり低い。

「つまり、女性はどんな配偶関係であろうと基本的に長生きです。ところが男性の場合、配偶関係によって寿命に大きな違いがある。単純に言えば、男性は一人では生きていけない存在なんです」

荒川さんはこのような情報を参考にしたうえで年金の受給年齢を考えることはよいことだと言う。

「年金の話というのは、お金の保障の問題です。何歳まで生きられるか、ということをベースに考えなければならない。そこで、自分はどんな人間なのか、どういう生き方をしたいのか、お金と時間をどう使うのかを考えることによって、より充実した人生を送れると思います」

「孤独イコール悪」なのか

最近、どんな要因が寿命に悪影響を及ぼすのか、さまざまな研究結果が積み上がってきた。運動不足、過度な飲酒、喫煙――なかでももっとも悪影響があるのが「社会的孤立」だという。

東京都健康長寿医療センターによると、日常生活に問題のない健康な高齢者であっても、社会的な孤立と閉じこもり傾向が積み重なった人の6年後の死亡リスクはどちらにも該当しない人の2.2倍になるという。さらに社会的孤立が、すべての世代の健康に悪影響を及ぼすことも明らかにしている。

一方、荒川さんは「孤独イコール悪」とする一部の人々の主張には強い違和感を覚えるという。「孤独を感じることと、孤独に苦しむことはまったく違いますから」。

「しかし、そもそも孤独というものは本人が望む望まないにかかわらず、普遍的にあるものです。それに対して、孤独を感じることが即、悪だ、病なんだ、みたいな決めつけは本当に有害でしかない。孤独というのは『空気』のようなもので、人間が生きていくうえでとても重要なものです。そこを間違えてはいけない」

孤独の多くは収入の問題

さらに、「孤独は悪」という頭ごなしの主張は問題の本質を覆い隠してしまい、対策を誤らせてしまう危険性があると、荒川さんは指摘する。

昨年12月、国は初めて「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」を行った。
孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人の54%が男性、女性は46%。そのうち88%が心身の健康状態について「よくない」「あまりよくない」と答えた。

既婚はわずか10%なのに対して、未婚41%、離別35%、死別14%。「孤立・孤独」と「配偶関係」との間に強い相関があると推察される。

仕事については「仕事なし(失業中、23%)」「派遣社員(16%)」の割合が特に多い。さらに収入が低い人ほど孤立感や孤独感を覚えていることを調査は明らかにした。

「要するに、孤独に苦しむ独身おじさんの寿命が短い問題は、結局、収入の問題だったりするわけですよ。『お金がない』という状況は本当に人の心と行動を萎縮させてしまう。健康状態に気をつかう余裕さえ失わせてしまう。そこに目を向けなければならないのに、『孤独は悪』と叫んでいても何の問題解決にもならない」

わずかな差ではあるが、正社員(9%)のほうが契約社員(7%)や自営業主(6%)よりも孤独を感じている人の割合が多いのも興味深い。

「日本のコミュニティー構造は『村社会』にさかのぼるわけですが、その延長上にあったのが『職場』というコミュニティーでした。会社は福利厚生を充実させて、独身のときは独身寮、結婚したら社宅、みたいな、もう至れり尽くせりだったわけです。職場結婚も多かった。ところが最近、その構造が少し崩壊してきた。会社から離れると、実は友だちなんていなかったことに気づく人が多い」

「友だちをつくろう」の残酷

そこで大切なのは「寂しいから友だちをつくらなければいけないとか、趣味を持たなければいけないという、世の中に流布されている『孤独は悪』論者の言葉を鵜呑みにしないことです」と、荒川さんは力説する。

「友だちなんてつくろうと思ってできるものではありません。友だちはいつの間にかできているものだし、趣味も、いつの間にかハマっているものでしょう。大事なのは友だちの数ではないはずです」

荒川さんは毎日接する人との接点の一つひとつ、一人ひとりを大事にしてほしいと訴える。

「行きつけの居酒屋でもいいんです。もっと言えば、毎日訪れるコンビニでもいい。そこで働いている人と一言二言、言葉を交わすだけでそこがそれぞれの『接続するコミュニティー』になっていく」

筆者が面白いと思ったのは、街で道を聞いたり、聞かれたりすることも人との接点であり、一つのコミュニティーだという考えだ。

「一期一会かもしれませんが、そんな小さな人との接続そのものを大切に思う心が重要なんです。友だちがいるとか、いないとかじゃなくて、自分の行動によって自分自身を充実させることができるんだ、ということにいかに気づけるかが大切です」

寿命は結果でしかない

荒川さんは自分と向き合うことの大切さを繰り返し説く。

「日々の生活のなかでは収入や貯蓄に目が向きがちですが、自分がどういう人間、性格なのか、自分を知ることはとても大切です」

そういう意味では、年金の受給に関わる死亡年齢の中央値について思いを巡らせることも、自分と向き合うきっかけになるかもしれないと語る。

「統計はあくまで統計で、すべての人に当てはまるものではありませんが、残された時間を知るからこそ今を大切にしようとも思えます。長生きは結果であって、目的ではない。老後の年金の心配をすることも重要ですが、ずっと先の未来のリスクばかり考えて、今をないがしろにしては本末転倒です。それより、日常の中にあるちょっとした喜びとの接続を大切に、今をどう充実させるかに注力したほうがいい。日々楽しく行動する人が結果的に長生きしたりしているんじゃないでしょうか」

将来の不安に悩む人は少なくない。荒川さんの言葉に救われる人は多いだろう。

<AERA dot.>
年金繰り下げ受給に不都合な「独身おじさん寿命短い」問題 未婚男性の半数は67歳までに亡くなる事実

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