未婚率は年々上昇し、今や男性の4人に1人が生涯結婚をしないという時代。増え続ける「おひとりさま」の老後に潜むさまざまな問題を日本総合研究所の沢村香苗氏が解説する連載企画。今回は50代女性のケースをもとに「おひとりさまの葬式問題」を紹介します。
自分のお葬式はどんなものになるだろう
彩子さん(仮名、50歳)は金融関係のシステム会社に勤めるシステムエンジニア。新卒から同じ会社に勤めており、現在は40人の部下をまとめる管理職です。30歳のときに一度結婚しましたが、3年後に離婚して以来、おひとりさま。実家は3駅離れた隣町にあり、弟夫婦が母親と二世帯住宅で暮らしています。
仕事を終えて彩子さんがふとスマートフォンを見ると、大学時代の友人からの着信履歴が残っていました。折り返すと恩師が亡くなったという知らせでした。恩師とは年賀状のやりとりくらいしかしていませんでしたが、楽しかった大学時代を思い出し、彩子さんは自分でも意外なほど喪失感を覚えました。
最後にお別れがしたいと思いましたが、友人によると親族のみでお葬式をするため教え子の参列はできないとのことでした。コロナ禍でもあり、確かに教え子が押し寄せたらご家族も大変だろうから仕方ないよね、でも悲しい気持ちの持っていき場がないね、などと友人としばらく話し、再会を約束して電話を終えました。
帰宅すると、母親が別の用事で連絡してきました。彩子さんが恩師の話をしたところ、母親の知り合いも家族だけでお葬式をしたけれど故人には知り合いが多かったので、その後自宅を訪れる弔問客への対応が何度も必要になってしまい、結局大変だったらしいと聞きました。
そういえば、母親が亡くなったとして、誰にどうやってそのことを知らせたらいいのか彩子さんは知りません。いつか整理してもらわないと、と思いつつ、彩子さんの知り合いについても、弟や母親は何も知らないことに気づきました。急に自分が死んでしまったら、弟や母親は誰にも連絡できません。遺影も昔の家族写真から切り抜かれることになるでしょう。自分の人生の最期のイベントがそんなことでよいのだろうかと彩子さんは考え込んでしまいました。
お葬式の状況
経済産業省が実施している特定サービス産業動態統計調査によると、2000年時点では葬儀業が扱った葬儀の件数は18万1733件でしたが、その後増加が続き、2021年には45万8399件となっています。売上高を葬儀の件数で割ると、2008年ごろまでは1件あたり150万円前後ですが、その後は減少が続き、2021年には約110万円となっています。粗い計算ではありますが、お葬式が小規模化していて、コロナ禍がそれに拍車を掛けているという解釈はできそうです。また、事業所の数は2000年の553件から2021年の2692件に大きく増えており、従業者数も増えています。競争が激しくなり、低価格化が進んでいるという解釈もできそうです。
ちなみに同じ調査で結婚式場についても調べています。件数はコロナ禍によって大きな落ち込みを見せていますが、1件当たりの売上高は280万円前後で比較的安定しています(2015年から2021年のデータ)。
葬儀の種類については、いろいろな呼び方がありますが、大手の事業者である公益社の情報を参考にすると、一般葬儀、社葬・合同葬、家族葬、密葬、一日葬、直葬といったものがあります。
一般葬儀は遺族・親族、その他の友人や関係者、地域の人が参加する形で、家族葬はごく親しい人や家族だけで行う小規模な一般葬儀を指しています。近年は地域の人や親族とのお付き合いが減っているので、この家族葬が増えているそうです。また、通夜や葬儀、告別式を省略し、火葬のみを行う直葬という形式もあり、費用は最も安くなります。
葬儀に関しては特に法的な決まり事はなく、親族や地域の慣例を踏襲して行われてきましたが、ライフスタイルが多様化し、生まれ育った場所ではないところで亡くなることも増えているので、「どうするか」を毎回決めなければならないのはお墓と同じ傾向だといえます。
「終活」サービスのいろいろ
終活という言葉は2009年に雑誌で使われたのが最初といわれていますが、ここ数年で一気に普及した感があります。終活という言葉でイメージする内容は、お墓や葬儀の手配、相続のこと、終末医療のこと、身の回りの物を整理すること、など人によってさまざまです。
筆者らが過去に行ったインタビューでは、高齢者が終活として具体的に手を付けているのは、身の回りの物を捨てて整理することが主で、それもさほど進まないという話が多く聞かれました。お墓や葬儀、相続のことは誰に相談していいのかも分からないですし、いつそういった相談をすべきなのかも分からないのでつい後回しにしてしまう、というのがそのときの高齢者の心情でした。
そもそも、自分や家族が死んでしまうという、どちらかというとネガティブな場面の話ですし、これまでにしたことのない手配がたくさんあるとなれば、考えるのもおっくうになるのは当然といえます。
お墓、葬儀、相続、介護といったものは、それを利用する必要性が生じたときには、当然のことながら当人の状態はあまりよいとはいえないか、あるいは亡くなっていて自分で手配ができなくなっています。さらに、これらを代わりに手配してくれる親族がいないことも増えています。元気な間は自由に人生を謳歌できても、弱ったとき、亡くなったときは自分の望みはかなえられなくなってしまうリスクが高いのです。
将来確実に必要になることは分かっているのに、いつ誰にどうやって何を頼んでおいたらいいか分からない、というギャップに着目し、終活支援をサービスにする企業が複数出てきています。
例えば、日本郵便の「終活紹介サービス」、イオンライフの「イオンライフの終活」、ライフフォワードの「みんなが選んだ終活」などが挙げられます。これらは消費者の要望を相談によって整理し、提携している事業者とつなぐコンシェルジュ的なサービスです。終活といってもさまざまな要素を含んでおり、消費者側は何をどこから始めたらいいか分からずにいる点、ソリューションを提供するのが小規模かつローカルな事業者であることが多く、消費者が直接選ぶのが難しい点をカバーすることを狙ったものといえます。自治体がこういった事業者と提携し、住民から終活の相談が寄せられた際には対応を依頼するケースも少しずつ出てきています。
また、心身機能が弱ってきて、自分に必要な生活上の手配ができない人が増えるということは、権利擁護の観点からも課題とされています。これまで何度かこの連載で触れてきた成年後見制度の普及だけでなく、国は「新しい権利擁護」として、簡単な金銭管理や意思決定支援を提供できる体制を整備しようとしています。民間事業者によるサービスが充実してくるとともに、国や自治体も、家族が手助けできないことを前提として、高齢期の生活をどのように守れるかという課題に取り組みつつあります。
墓友
数週間後、彩子さん(仮名、50歳)は友人と久々に再会しました。自分たちや同窓生の近況をひとしきり交換した後、自分たちのお葬式やお墓の話になりました。友人は結婚しているのですが、子どもがおらず親族との付き合いもさほどないそうで、彩子さんが自分のお葬式を想像したときの話にはとても共感してくれました。
友人は、これから「墓友」を作るつもりだそうです。高齢になってからはシェアハウスで家族以外の人と共同生活をし、気の合う墓友とお墓を共同購入して入るというプランを楽しそうに話してくれました。
「いくら映りのいい写真を選んで、好きな音楽を流してもらって、ステキなお墓を作ったって、誰もお葬式やお墓に来てくれないんじゃ意味がないでしょう?」と言われ、彩子さんは改めて、これから先の人付き合いの大切さを切実に感じました。
<finasee>
大学時代の友人から着信、折り返したら…50代女性を襲った喪失感と苦悩