お金がないからの出生率

6月5日に発表された厚労省の2023年人口動態統計概数値において、日本全体の合計特殊出生率が1.20、東京都に至っては、0.99になったことが大きな話題となりました。

2023年に限らず、東京の同出生率は都道府県別では長らく最下位が定位置です。ただでさえ、日本全体の少子化とは、東京が大きく足を引っ張っていると思われるかもしれません。

しかし、この合計特殊出生率だけを取り上げて、少子化について語るのは妥当ではありません。

合計特殊出生率を勘違いしている人も

合計特殊出生率とは、49歳までの年齢を対象とし、1人の女性が生涯に産む子どもの数とされているものですが、多くの人がいまだに勘違いしていることがあります。1人の女性が生涯に産む子どもの数であることはその通りですが、子どもを産んだ女性(母親)が何人子どもを産んでいるかという数字とは違います。

合計特殊出生率計算式の分母には、未婚や既婚無子の女性も含みますので、未婚率や無子率があがれば、その数字は自動的に減ることになります。

出生動向基本調査には、完結出生児数という指標もあります。これは結婚持続期間が15~19年の初婚同士の夫婦の平均出生子供数を表したものですが、2021年時点で1.90人です。

また、同じく出生動向基本調査から、結婚継続期間にかかわらず49歳までに1人以上出産した母親だけを対象として、平均出生子ども数を計算すると、2021年時点で2.02人となります。

徐々に減少しているとはいえ、少なくとも結婚して1人以上の子を産んだ母親は、今でも平均して約2人は産んでいることになります。

少子化や低出生率の根本的な原因

合計特殊出生率をあげるにはふたつの方向があります。ひとつは、有配偶女性の出生率をあげること。もうひとつは未婚率を下げることです。

前者には、有配偶出生率という指標があります。これの長期推移を見ると、実は1990年から2015年にかけて有配偶出生率は右肩上がりに増加していました。

2015年の80.5という数字は、1970年代後半とあまり変わらないくらい、1人の有配偶女性の産む子どもの数は増えていたわけです。2020年に若干さがりましたが、それでも結婚した女性が産む子どもの数は1980年代と比べても見劣りしませんし、ここをこれ以上あげていくというのも限界があるでしょう。

後者の未婚率を下げることとは、婚姻数を増やすことと同義です。そもそも、東京の合計特殊出生率が低いのは、それだけ他道府県と比較して未婚率が高いということでもあります。事実、2020年の女性の生涯未婚率も東京がトップです。

つまり、少子化や低出生率の根本的な原因は、未婚化・婚姻減のほうであり、少子化対策として、夫婦に対して第3子促進などということを言う識者がいますが、それはそもそも的外れです。言われなくても十分夫婦は産んでいるのです。

また、出生率だけを取り上げて、県や市町村単位で比較などをしても全体像を見誤ります。元々の人口が少ないエリアでどれだけ出生率が高くても、それは全体からすればほとんど影響がありません。出生数とは人口依存するものであり、事実東京、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の8都府県だけで日本の出生数の半分以上を占めます。

これら人口集中地域での出生数の減少幅を少なくしない限り、日本全体の出生数は改善されないし、それはすなわち国全体の出生率も下がるということになります。

日本の出生力というものを客観視するためには、出生率ではなく、出生数、そしてその出生数の元になる婚姻数、さらには、出産対象年齢である15~49歳の有配偶人口と未婚人口がどうなのかというものをあわせて見ていく必要があります。

東京は未婚率も高いが、婚姻率も高い

それらの推移を、東京、東京以外の7大都市(前述した埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡)とそれ以外の39道府県とで、1995年を1とした推移で比較してみましょう。出生率だけを見るのとは違う景色が見えてきます。

まず、出生数は、一目瞭然ですが、東京だけ2010年以降1995年の数を超えていて、2020年時点でも唯一プラスです。

それを牽引したのが、東京だけ他と比べて2005~2010年は婚姻数が唯一プラスだったことによります。未婚率が全国1位なのに、婚姻数が他と比べて多いのは違和感があるでしょうか? しかし、人口千対の婚姻率で見ても、東京はかなり前からずっと全国1位でした。未婚率も高いが、婚姻率も高いのが東京です。

誤解しないでいただきたいのは、何も東京が優れているという話をしているのではありません。しかし、出生率だけを見ていると、最下位の東京が日本全体の足を引っ張っているように思ってしまいますが、むしろが出生率は最下位でも、出生数や婚姻数という観点では、減り続ける日本全体を多少なりともカバーしていたともいえるということです。

東京以外でみると、出生率の減少幅は婚姻数の減少=有配偶人口の減少と完全にリンクしており、少子化は婚姻減であるということが、ありありとわかります。

地方の人口減少分を考慮しても婚姻数に差

とはいえ、出生数や婚姻数が東京で多いのは、それだけ東京に若い女性が集中しているために、地方から女性が流出して、地方の婚姻減を招いているという意見もあるでしょう。

では、その人口減少分を考慮した、婚姻と出生の推移を計算してみます。
まず、未婚人口の増減を考慮した婚姻数を見ると、それでも東京のほうがもっとも多く婚姻しており、地方と差は歴然です。

一方、有配偶人口の増減を考慮した出生数でみると、東京と地方の39道府県がほぼイコールで推移していますし、それほど大きな差はありません。これは、東京も地方も結婚した女性はそれなりに多く子どもを産んでいることを示します。

以上からわかることは、東京も地方も結婚した女性の出生数は変わらず、結果として出生数が激減しているのはほぼ婚姻数の減少であるということです。

少子化対策というと、子育て支援ばかりが取りざたされますが、何度も言うように、結婚した夫婦の産む子どもの数は変われません。子育て支援などの給付金があろうとなかろうと、結婚した夫婦は子どもを産みます。言い方を変えれば、「子ども」を産んだらいくらあげます」のような出生インセンティブをどれだけ投下しても、それで出生数が純増する効果はほとんどなく、むしろ今いる子どもたちへの教育の質への選好意識が高まります。つまり、それは、皮肉にも子育てコストのインフレを起こしてしまうわけです。

すでに子のいる夫婦にとって、それがインフレを起こそうが子にかける予算を減らすことはないでしょうが、それは、これから結婚するであろう若い独身男女に「結婚や子育てはお金がかかる」という負の刷り込みを与えます。結婚や子育てはコストの高い贅沢品と化すわけです。

そして、刷り込みは、それを物ともしない大企業正社員の独身を除けば、多くの中間層の若者に「とても自分の経済力では無理だ」という諦観と消極性を呼び起こし、婚姻数の減少を招きます。

それが2015年以降の大きな婚姻数の激減と未婚人口の激増につながっています。人口増減を考慮した婚姻数も、東京以外はすでにずっと下がり続け、2020年には1995年対比3割減にまで落ち込みましたが、2005年まで唯一プラスだった東京ですら婚姻数が激減して、東京も地方と同レベルにまで低下してしまいました。

東京の婚姻減は「お金がない」ことが問題

そして、残念ながら、今後は、東京の婚姻数の減少がさらに加速していくだろうと考えます。だからといって、婚活支援やマッチングアプリの提供などに意味があるとはまったく思いません。東京の婚姻減は、地方のように「出会いがない」という話ではなく、言ってしまえば「結婚や子育てを東京でするお金がない」ことだからです。住居費ひとつとってみても、若い20代世帯主の家族が暮らしていける値段ではありません。

2015年あたりを境に、結婚可能年収のインフレが確実に起きています。世帯年収900万以上の児童のいる世帯数はまったく減っていませんが、かつて結婚のボリューム層だった中間層年収の結婚だけが激減しているのです。

加えて、長年にわたってじわじわと値上げされている社会保険料などの国民負担率の増加で、実質可処分所得が大きく減っています。今年からさらに子育て支援金などの負担が増えました。80年代の若者と今の若者とでは額面給料が一緒でも手取りは大きく減少しています。ただでさえインフレの結婚が手取りの減少でますます遠ざかります。

今の高齢者世代からすれば「結婚なんてお金の心配などせずに当たり前のようにできたものだった」と思うかもしれません。しかし、今の若者にとっては「結婚どころか日々の暮らしと将来のお金の心配しかない」という状況で、とても結婚どころではないのではないでしょうか。

婚姻減は出生減に直結します。東京にとって、出生率0.99の今が最悪なのではなく、むしろこれからが暗黒期に突入すると考えたほうがよいでしょう。

<東洋経済ONLINE>
東京の「出生率0.99」を騒ぐ人に欠けている視点

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