働く女性の現実

日本の少子高齢化は深刻な問題となっている。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」を掲げ、政策的な対応に危機感をにじませる。少子化の背景として、結婚にメリットを感じない人々による非婚率の上昇、子どもの教育費の高騰、高齢化する親との同居や介護など、さまざまな理由が挙げられている。女性の高学歴化に原因があると指摘するような議論もある。最新の分析で、本当の原因を探った。

昨今、日本中で話題の「人的資本理論」を切り開き、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者故ゲーリー・ベッカー氏は、「結婚の経済学」を提唱したことでも世界的に有名だ。ベッカー氏は1973年の有名な論文で、結婚の利点として分業、子どもを持つことの心理的なメリット、家計の規模が大きくなるメリット、「保険」としての機能などを指摘した。また女性の高等教育が所得を増加させ、結婚によって得られる利益が減少することも指摘した。

しかし、1995年から2010年までの先進23カ国のデータに基づく最近の大規模な研究の結果を見ると、女性の労働市場参入の機会が増えるにつれ、「男性は外で働き、女性は家事・育児に専念すべきだ」という男女の役割を固定する「伝統的なジェンダー規範」こそが結婚の障壁となってきた可能性が高いとわかった。

最新の知見では、東アジアや南ヨーロッパの一部など、伝統的なジェンダー規範が根強く残る国々で、とりわけ教育を受けた女性の結婚率が過去最低水準にある。根強いジェンダー規範と女性が得られる機会との関係を理解することを通じて、こうした国々における「結婚・出産からの逃避」と向き合うために必要な対策が見えてくるかもしれない。

3月8日の国際女性デーを前に、調査を主導した気鋭の経済学者、シンガポール国立大学経済学部のジェシカ・パン教授に聞いた。

パン教授が主導した23カ国のパネルデータを用いた最近の研究で、東アジア系の女性は欧米の女性に比べて結婚願望が低いことがわかったそうです。これはなぜでしょうか? また、その背景は何でしょうか? また先進国で結婚率が低下していることを示すデータが数多くあります。背景にはどのような事実があるのでしょうか。例えば日本では、2015年における50歳時の未婚割合が男性23.4%、女性で14.1%ととても高いです。また、世界においてこの傾向に、高学歴者と低学歴者の間に大きな違いはあるのしょうか。

ジェシカ・パン シンガポール国立大学経済学部教授(以下、パン氏):先進国のほとんどで、結婚率が減少していることはよく知られています。日本では、35歳から39歳の独身女性の割合が大幅に増加し、1970年にはせいぜい20人に1人だったのが、2000年代後半には約5人に1人になっています。特に、高学歴者の結婚離れが顕著です。

日本では女性の平均初婚年齢が29.4歳ですね。そこで30歳から34歳の女性について調べたところ、非大卒者の未婚率は35.4%である一方、大卒者(大学院含む)の未婚率が38.5%でした(2020年国勢調査就業状態等基本集計より)。高学歴女性の未婚率が高いのは、教育と(女性の)キャリアに対する配慮が大きく関係しているように思います。

高学歴の女性には、結婚を先延ばしにしてキャリアを追求するインセンティブがあります。「ベッカー理論」からすれば、女性の労働市場における機会の多さが、結婚生活で家事や育児に特化して従事する利益を減少させることになります。

興味深いのは、これが時系列的にすべての国で同じではないことなのです。東アジアのケースとは対照的に、最近では、北米、ほとんどの北欧諸国、西ヨーロッパの一部で、教育を受けた女性は、実際、教育を受けていない女性よりも結婚する確率が高くなっています。

つまり、世界中どこでも高学歴の女性は低学歴の女性より結婚しにくいという単純な話ではないわけです。ある国では高学歴の女性にとって結婚がより望ましいが、他の国ではそうではないというように、これらの国々によって異なる何かがあるに違いないのですよ。

高学歴女性がより結婚を選択する欧米

確かに欧米では、高学歴の女性は時間の経過に従って、低学歴の女性よりも結婚を選択するようになっているという分析結果があります。これは、東アジアに深く根付いている社会規範が、現在の特に高学歴者の非婚化・少子化の原因になっている可能性があるということでしょうか?

パン氏:私と共著者たちは、東アジアのような国々で仕事に熟練した女性の結婚率が低い主な理由は、一般的に男性が働く妻を否定するジェンダー規範が深く根付いているためと結論付けました。

家事や育児などの仕事は、家庭全体の幸福に貢献するものです。高学歴の女性は低学歴の女性に比べて労働市場で働く可能性が高いため、家庭の公共財に割く時間がどうしても少なくなります。

しかし伝統的な社会では、夫は妻のキャリアや収入を重要視せず、妻が外でどれだけ稼ぐことができるかにかかわらず、妻が家にいて家族の世話をすることを望むわけです。従って、伝統的なジェンダー規範が存在する場合、社会的には、教育を受けた女性は結婚相手としてあまり好ましくないとみなされるのですね。

また我々のモデルでは、高学歴女性の労働市場における機会が増えるにつれて、夫がその高い収入を重視するようになり、ますます魅力的になることを予測しています。このことは、男女平等主義の国では、高学歴の女性が低学歴の女性よりも結婚しやすいのに対して、伝統的なジェンダー規範の国では、高学歴の女性が、働く妻を持つことに低い価値を置く夫の理解を得るために、仕事でより多くの収入を得る必要があることをよく説明できるのです。

日本では、1971年から74年に生まれた団塊ジュニア世代が、生物学的に妊娠・出産が困難な年齢に突入し、少子化の克服がほぼ絶望的な状況になってきました。保育所の待機児童問題や育児休業給付金の支給、働き方改革による長時間労働の改善、男性の育児休業など、政府や企業が本格的に力を入れ始めたのは、ここ10年ほどのことです。
 私も71年生まれですが、この人口層の世代の場合は、裕福であったり、先進的な職場の制度や理解があったり、親の育児支援が期待できたり、本人に強靭な体力がある、など複数の条件に恵まれて運がよかった人を除いては、育児と仕事の両立が困難でした。そうした恵まれた人たちですら両立には大変な苦労を強いられ、キャリアをあきらめざるを得ない女性が少なくなかったのです。本来はどのような対策が必要だったのでしょうか。

パン氏:今、挙げられた取り組みはすべて頼もしいものですが、(男女の役割を固定する)伝統的なジェンダー規範という根本的な問題に取り組まない限り、結婚と出産を促進することは難しいでしょうね。

私たちの研究によると、教育を受けた女性の結婚からの逃避には、深く社会に根付いたジェンダー規範が関係している可能性が高く、同じことで、女性が子どもを持つことを選択しない理由も説明できるかもしれません。

働く女性の現実を受け入れなければ、変わらない

日本のような国では、女性が労働市場で以前より多くの機会を得ているにもかかわらず、家事生産の大部分を担っているのが現実ですね。社会全体で、男性が家庭での育児負担を分担し、働く妻の過酷な現実を受け入れる気にならない限り、結婚率と出生率は低いままでしょう。

パン教授の共同研究で、女性が出産を控えるのは、子育てへの不安や出産が自分のキャリアにマイナスの影響を与えることを事前に予想するからだという調査もありました。このことから何が言えるでしょうか。また、こうした傾向は少子化にどのような影響を与えるでしょうか?

パン氏:教育や労働市場の機会の増加によって、現代の女性には(昔に比べて)人生の選択肢があります。キャリア志向の強い人は、子どもがキャリアに与える悪影響の可能性を意識して、子どもを持つことに消極的な可能性があります。

また、子どもを産んで仕事と家庭の両立を図り、子どもの世話のため、自分のキャリアをスローダウンさせなければならないと考えて、そう選択をする人もいるわけです。結局のところ、女性のキャリアは子どもの影響を強く受けるのですが、男性のキャリアはそうではない(場合によっては、子どもが男性のキャリアを向上させる傾向がある)ことが、研究によっても示唆されていました。

これは、ほとんどすべての国の社会で、母親が育児の大部分を担うことが期待されていることに起因しているのです。そして中には日本のように、このトレードオフが他国より厳しい国があります。そのため、結婚や出産に踏み切れない女性がいるのは、想像に難くありません。

トレードオフにおいて日本が飛び抜けている、というのはよくわかります。日本の異次元の少子化対策は、果たしてどのような課題に向かうべきなのでしょうか?育児休業や育児休業給付金が整備され、最近では男性にも育児休業の取得が義務づけられるようになりました。シンガポールでは最近、育児休業が4週間に延長されたと聞きますが、男性の育児休業は本当に効果があるのでしょうか?育児休業を取ったのに、夫は家で仕事ばかりしている、かえって追加の家事負担など面倒が増えた、という女性の愚痴も、国籍問わず聞こえてきますが……(笑)。

パン氏:(笑)。私たちの研究では、結婚率や出生率の低下に対する試みにおいては、こうした伝統的なジェンダー規範の改善に向けてまず、対処する必要があることを示唆しています。

まず「ジェンダー規範」の改善から始めよ

私は、男性が(休業中にすべきことを)納得したうえで育児休業を取得するのであれば、深く根付いた規範に対処しようとする重要なステップであると考えています。育児や家事に主体的に携わる男性が増えれば、女性にとってキャリアと家庭の間の絶え間ない緊張が緩和され、結婚率や出生率の上昇につながる可能性がありますから。

東アジアで出生率が低いもう一つの理由は、子育てのコストが高いことだと思われます。親は子どもを将来、社会的に成功させるために多くの時間とお金を費やす必要があり、それが子どもを持つ夫婦の数を減らしている理由かもしれません。ですから、教育における格差や競争を緩和することも、少子化対策になるのではないでしょうか。

少子化の大きな原因の一つが、ジェンダーに対する根強い社会規範にあるとすれば、そこに政策的な介入は可能でしょうか。結婚を忌避する傾向は、欧米のように時間の経過とともに逆転する可能性もあるのでしょうか?日本の少子化対策は、時間をかけていてはもう間に合わない状況ですが……。

パン氏:私たちの分析では、たとえ緩いジェンダー規範が今後存在し続けるとしても、仕事に熟練した、スキルの高い女性の労働市場における機会がさらに向上していくことが、結果として、相対的に将来の結婚率を改善することにつながるはずです。

この改善のプロセスにどれくらいの時間がかかるかは推測するしかないのですが、研究によって明らかになった、教育を受けた女性の結婚率が、より男女平等な国の低学歴女性の結婚率に追いつき、場合によっては上回っているという事実は、東アジアや南ヨーロッパ諸国の現状が一過性のものだという希望といえると思います。社会規範の改善に取り組むのは、今からでも決して遅くはありません。

<日経ビジネス>
「独身・子どもなし」を選ぶキャリア女性 日本が欧米より多い理由

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