兄の孤独死

両親を見送った50代独身女性の元に突然届いた「ほぼ他人」の異母兄の訃報。周囲に迫られて火葬を行うも、以降、亡き兄に由来するさまざまな請求が届きはじめます。女性は対応に苦慮しますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

心当たりのないマンション管理組合から届いた、突然の連絡

今回の相談者は、50代の会社員の山内さんです。亡くなった異母兄の相続の件でアドバイスがほしいと、筆者の事務所に訪れました。

山内さんの父親は、先妻とのあいだに長男と二男をもうけましたが、その後離婚して山内さんの母親と再婚。父と後妻である母との子どもは山内さんだけで、山内さんはひとりっ子として育ちました。

「2人の異母兄がいることは両親から聞いていましたが、会ったのは20年近く前の父親の葬儀のときだけです。その後もまったく付き合いはありません」

50代の山内さんは独身のキャリアウーマンで、5年前に母親も見送っています。

「ある日突然、知らない先から自宅へ封書が届いたのです。なんだろうと思って開封すると、異母兄の住むマンションの管理組合からでした」

封書の手紙には「兄が孤独死した」という趣旨の説明と、その後の後始末について山内さんに対応するよう迫る内容となっていました。

「異母兄は管理組合の理事を務めるなどして、周囲とも普通に交流していたようですが、独身だったため、葬儀を行える身内が私しかいないということでした。亡くなった異母兄の下にもうひとり兄がいるのですが、こちらは行方不明なのだそうです」

山内さんはふたりの異母兄に対して「まったくの他人」という感覚しかありません。

「下の兄は行方不明ですし、私以外、死後の手続きができる身寄りがいないのです。管理会社からも強くいわれて仕方なく対応をしたのですが…」

住んでもいないマンションの固定資産税や管理費まで…

亡くなった異母兄は、築30年の分譲マンションに住んでいました。財産らしい財産はマンションだけで、預金等はほとんどなかったそうです。

「参列者もいないですし、葬儀はせずに火葬だけしてもらいました。ですがその後、固定資産税や管理費の請求もすべて私のもとに届くようになったのです。本当に困っています」

住んでもいないマンションの管理費や固定資産税など、山内さんには負担以外の何物でもありません。そのため山内さんは、マンションをどうにかして処分しようと、相続手続きについて調べ始めました。

「行方不明の兄には、離婚した妻と娘さんがひとりいることがわかったので、行方を知らないか連絡したのですが、〈何も知らない〉〈二度とかかわらないで〉といって、着信拒否されてしまいました」

山内さんは家庭裁判所への申請や財産管理人が必要であることも説明しましたが、それでも協力は得られませんでした。そのため、山内さんの母方の叔父に財産管理人になってもらうところまでは自力で進めましたが、その先の対応をどうすべきか頭を抱えてしまったといいます。

「兄が亡くなってからすでに半年以上経過しています。それまでに立て替えたのは、火葬の費用、マンションの固定資産税と管理費等で、結構な金額です。マンションはさっさと手放したいのですが、はたして築古のマンションが簡単に売れるのでしょうか。もし売却できても、家財道具の処分もありますし、おそらく足が出るのでは…」

山内さんの表情は憂うつです。

杓子定規な家庭裁判所に送付した「上申書」

相続の法定割合は、行方不明の異母兄が3分の2、山内さんが3分の1となりますが、現実には、今後の財産処分等の手続や供養関係も、すべて山内さんが行うことになります。

話し合いに同席していた提携先の弁護士は、いったん山内さんがすべての財産を相続し、行方不明の兄が現れたときにいくらか拠出することを約束する遺産分割協議書の作成を提案しました。

山内さんもその案に納得して、早速作成に取り掛かろうとしたところ、なんと家庭裁判所から「法定割合を分与する内容でないと認めない」という、原則論に即した指導が入ったのです。

しかしその場合は、行方不明者のほうが財産を多く相続する内容になります。家庭裁判所の指導は原則が法定割合とはいえ、現状を考えるなら、山内さんが全部を相続し、いままでの立て替え分や今後の費用等に充てる必要があるといえます。

そこで弁護士から、家庭裁判所に上記の説明を記述した上申書を送付し、事情説明をおこないました。その結果、いったん山内さんが全財産を相続し、行方不明者が現れた場合は一定の金額を分与するという内容で審判が下りたのでした。

築古マンションも売却完了したが…その後の驚くべき「決断」

マンションは早く売却の目途をつけたほうがいいと判断した筆者は、家庭裁判所の審判が出てすぐ、売却手続きに着手しました。築古でしたが、駅近の立地が幸いし、購入希望の不動産会社が見つかりました。

遺された荷物の片づけをはじめ、諸々の書類上の手続きも完了したあと、山内さんは改めて事務所にあいさつに立ち寄ってくれました。

大変だったことを思い返し、筆者ともどもひとしきり談笑したのち、山内さんから驚くべきお話を伺いました。

「今回の件で、隣県に兄の実母のお墓があることがわかったのです。亡くなった兄を実母の墓に納骨して、2人の法事をおこなうつもりです」

「最初は、とんでもない迷惑をこうむったと思い、すごく腹が立ちました。でも、ひとつひとつ片付けるうちに、亡くなった兄や、兄のお母さんがどんな思いでいたのだろうと考えるようになりました。半分ですが、兄は血を分けたきょうだいですから…。もしかしたら、亡くなった父が、私をそうさせたのかもしれません」

想定外の話の着地に、筆者やスタッフは大変驚くとともに、本当に頭の下がる思いでした。

「お世話になりました!」と笑顔で事務所を後にした山内さんを見送りながら、筆者もスタッフたちも、これからの山内さんの人生素晴らしいものであるようにと、強く願わずにはいられませんでした。

※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

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